四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
~カーテンコール~
高校を卒業して、大学を出た後、私は大学に残って、助手として働く道を選んだ。
「えっと、培地は何mlでしたっけ?」
「10ml。まったく物覚えが悪くて困るなあ、今度の助手は。」
「すみません。」
「罰として今日はオムライスを作れ。」
「えー、先生ずるい。昨日私作ったから今日は先生の食事当番でしょ!」
「いいじゃないか、たまには。」
「だって私気付いちゃったもん。先生結構料理のセンスあるの。」
「ばか。実験中だ。」
「はいはい。すみません。」
「はいは一回。」
夏目の助手として働き始めてまだ2か月。
ちっとも板についていない。
でも夏目が有能な研究者なのは、なんとなく分かる。
きっと将来、すごい発見をするんじゃないかな、と思う。
「仕方ないな、今日は作ってあげる。」
「おい、その前に培地交換してくれ。」
「はいはい。」
楽しくて幸せな日々はいまだに続いている。
たまに、怖くなるんだ。
あまりに、幸せすぎて。
同じ実験室に夏目が二人いるのは紛らわしいので、私は小倉姓を名乗っている。
だから学生や研究員の前では、夏目に小倉と呼ばれる。
それはまるで、高校の時みたいでなんだか照れくさいのだけれど。
それに対して私は先生、先生って。
そういえば、高校の時から夏目のことを「先生」以外の呼び方で呼んだことはほとんどない。
私の中で「先生」という呼び方は特別なものだった。
形容しがたい様々な感情が含まれている、そんな呼び方。
私がご飯をつくる日は、私が夏目より先に帰る。
二人の新居は、大学のそばだ。
長い坂を上って、上りきったところにうちがある。
台所の窓から見ていると、その坂を夏目がゆっくり上ってくるのが見える。
夕日を背負いながら、一歩一歩上ってくる。
さあ、もうすぐだ。
私はオムライスの上に、ケチャップでハートマークを描いた。
若々しい心はずっと忘れないようにしたい。
なるべく綺麗で有能な妻でありたい。
だから夏目にも、かっこいいおじさんになってほしいんだ。
夏目のための食事をテーブルの上に並べ終わった頃、ちょうどインターホンが鳴る。
「お帰りなさい。」
「ただいま。」
夏目が靴を脱ぐのを待つ。
夏目はいつものように、本当に幸せそうな表情で、私を軽く抱きしめる。
「オムライスだよ。」
「ありがとう。」
いただきます、と二人で手を合わせる。
テーブルの上には明るい電気がついていて、二人の食卓を優しく包んでいる。
そう、まるで、二人の未来を明るく照らしているかのように――
――「四月の魔女へ」*Fin.**――
高校を卒業して、大学を出た後、私は大学に残って、助手として働く道を選んだ。
「えっと、培地は何mlでしたっけ?」
「10ml。まったく物覚えが悪くて困るなあ、今度の助手は。」
「すみません。」
「罰として今日はオムライスを作れ。」
「えー、先生ずるい。昨日私作ったから今日は先生の食事当番でしょ!」
「いいじゃないか、たまには。」
「だって私気付いちゃったもん。先生結構料理のセンスあるの。」
「ばか。実験中だ。」
「はいはい。すみません。」
「はいは一回。」
夏目の助手として働き始めてまだ2か月。
ちっとも板についていない。
でも夏目が有能な研究者なのは、なんとなく分かる。
きっと将来、すごい発見をするんじゃないかな、と思う。
「仕方ないな、今日は作ってあげる。」
「おい、その前に培地交換してくれ。」
「はいはい。」
楽しくて幸せな日々はいまだに続いている。
たまに、怖くなるんだ。
あまりに、幸せすぎて。
同じ実験室に夏目が二人いるのは紛らわしいので、私は小倉姓を名乗っている。
だから学生や研究員の前では、夏目に小倉と呼ばれる。
それはまるで、高校の時みたいでなんだか照れくさいのだけれど。
それに対して私は先生、先生って。
そういえば、高校の時から夏目のことを「先生」以外の呼び方で呼んだことはほとんどない。
私の中で「先生」という呼び方は特別なものだった。
形容しがたい様々な感情が含まれている、そんな呼び方。
私がご飯をつくる日は、私が夏目より先に帰る。
二人の新居は、大学のそばだ。
長い坂を上って、上りきったところにうちがある。
台所の窓から見ていると、その坂を夏目がゆっくり上ってくるのが見える。
夕日を背負いながら、一歩一歩上ってくる。
さあ、もうすぐだ。
私はオムライスの上に、ケチャップでハートマークを描いた。
若々しい心はずっと忘れないようにしたい。
なるべく綺麗で有能な妻でありたい。
だから夏目にも、かっこいいおじさんになってほしいんだ。
夏目のための食事をテーブルの上に並べ終わった頃、ちょうどインターホンが鳴る。
「お帰りなさい。」
「ただいま。」
夏目が靴を脱ぐのを待つ。
夏目はいつものように、本当に幸せそうな表情で、私を軽く抱きしめる。
「オムライスだよ。」
「ありがとう。」
いただきます、と二人で手を合わせる。
テーブルの上には明るい電気がついていて、二人の食卓を優しく包んでいる。
そう、まるで、二人の未来を明るく照らしているかのように――
――「四月の魔女へ」*Fin.**――