四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「なんですか、先生。」


教室のドアを閉めると、夏目に問いかけた。


「職員室まで行こう。そこで話す。」


そう言って夏目はさっさと歩きだしてしまう。

白衣の後姿をあわてて追いかけた。


「先生、待ってください。」


この前は一緒に歩いてくれたのに。

何も聞かずにそばにいてくれたのに。

夏目は振り返ると、軽く笑って少しスピードを落とした。


「先生、この間は……。」

「しっ、気にするな。」


お礼を言おうとしたのにさえぎられた。

別に、やましいことじゃないと思うけど。


「少し待ってて。」


そう言い残して夏目は職員室に消える。

しばらくして戻ってきた夏目の手にはハンカチが握られていた。


「あっ、それ……。」

「大事なものだろうと思って。」


それはまさしく、大事なものだった。

生前の母が持っていたハンカチなのだ。

お守り代わりに、いつもカバンに入れていたはずなのに―――


「私なんで……。」


そんなに大事なものを失くして、失くしたことにさえ気づかない自分に腹が立つ。

固まって手も出せずにいる私に、夏目は労わるような目を向けた。


「なんで大事って分かったんですか。」

「女子高生の趣味じゃないだろ。」


夏目はなんでもお見通しだ。


「ありがとうございます。」


受け取ろうとすると、夏目はすいっと手を上に動かした。


「え……。」

「預かる。」


私は、思わずきょとんとして夏目を見つめた。


「お前はどうせ、これ見て自分を責めるから。だから返さない。」


途方に暮れた私を、授業が始まるぞ、と言って急かす。


「いつ、返してくれるんですか。」

「返さないかもな。」


夏目が意地悪っぽく微笑んだ。

何だか、ハンカチの分だけ心が軽くなったような気がして。

私も、夏目に笑い返したんだ。
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