四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~

嫉妬

夏目の授業は、たまに斬新だ。

たとえば嗅覚についての授業のとき。


夏目は消臭剤を片手に教室中を歩き回って、噴射する。


「夏目先生、何やってんの……」


みんなが唖然とする中、とうとう夏目は教室を一周して得意げに言った。


「いい匂いでしょう。おひさまの香りだ。」

「先生、私もこのにおい好き!」


智がさっそくそんなことを言う。

そういう問題じゃないでしょ、と私は心の中で突っ込みを入れる。


「俺も好き。」


夏目まで。


「違う。この香りが好きでも嫌いでもそんなことはどっちでもよくて、大事なのはどうして香りを感じたか、です。」


ほら、こうして自然に授業へともっていくところ。
夏目のすごいところ。


「視覚は光の刺激を受容します。聴覚は空気の振動。じゃあ嗅覚は?小倉。」

「気体の化学物質です。」

「そうですね。気体の化学物質が鼻の奥の嗅上皮と呼ばれる粘膜につくことで、香りが受容されます。」


そう言って夏目は、もう一度ゆっくり噴射した。


「今、おひさまの香りの分子が空気に混ざってみんなに吸い込まれ、鼻の奥の粘膜につきました。だから、香りを感じるんです。」


夏目の生物の授業は、私が心穏やかでいられる、数少ない授業だった。

それなのに―――――


「夏目せんせっ、その消臭剤先生の?」


授業後に智が夏目に話しかけている。

気軽なタメ口が少しだけうらやましかった。


「いや、俺のじゃない。実習助手の篠原さんのだ。」

「えー、先生のじゃないの?」


智は少し残念そうに言った。


「ちょっと使いすぎたな。怒られるな、篠原さんに。」

「あーあ!」


夏目は智に柔らかく笑いかけた。

智もあはは、と声を上げて笑う。


その時、私の中で黒い渦のような気持ちが湧き上がるのを感じた。


もう、否定することはできなかった。



私は夏目のことが、好きなんだという気持ちを―――
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