四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「夏目、先生……」


夏目は、虚ろな表情で振り返った。

まるで私を通して、私の後ろの景色を見ているみたいだ。


そして、随分経って、はっとしたように夏目はやっと私を見た。


「あ、小倉。……クラス旗どうだった?」


知らないんだ、先生―――


さっきまでの興奮が、一気に冷めていく気がした。

きっと、夏目は開会式に出ていないだけ。
そんなの、分かってるけど。


「すみません。お邪魔しました。」


なんで謝っているのか腑に落ちないまま、私はなんだかとても申し訳ない気分になって、その場を去った。


考えれば考えるほど悪い想像は膨らんで、苦しくなる。


私は走ってあまり人の通らない、5階へ続く階段までたどりつくと、階段の端に座って、膝に顔をうずめた。


「先生のばか……。」


あの横顔。

あの眼差し。

夏目は、一体誰のことを考えているんだろう―――


ちょっとしたことでは揺らがないはずの夏目が。

あんな風に、切ない目をして窓の外を見つめているなんて。

呼びかけても、気付かないくらいに。


何かある。

きっと、何かあるんだ。


私なんて、1パーセントも関係していない何か。

先生を、悲しくさせる何かが。


そこには高校生の私には、立ち入れない大人の世界がきっとあるんだ。

私は、無性に悲しくなってしまった。
< 28 / 182 >

この作品をシェア

pagetop