四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「詩織!」

「ん?どした、智(さと)。」

「単刀直入にお願い。課題見せて。」

「いいよー。合ってるかわかんないけど。」

「大丈夫!詩織が間違えるわけないじゃん。」


当たり前。

心の中で智を冷笑する自分がいる。

だって、私は誰よりも時間をかけているのだから。

誰よりも、一人ぼっちなのだから。


授業の開始直前にノートが回されて返ってきた。

智が微笑みながら口の形で「ありがと」という。

私は笑いながら、大きくうなずいて見せた。


ごめん、智。あなたが、悪い子じゃないってことくらい、私も知ってる。

だけど本当の私を知ったら、もう二度と、そんな風には微笑めない。

だから、上辺だけの関係でこれからもいようね。


先生に当てられてすらすらと答える智。

いいですね、と先生。



「じゃあ・・・小倉。どう思う?」



やっぱり、と私は思う。

この先生は智が私の宿題を写していると分かっていて私に同じ質問をするのだ。



今度の担任はなかなか洞察力がある。



それにこういう時、私が先ではなく智を先に当てることからして、手ごわい。



「はい。小川さんが言ったことに一つ付け加えるとしたら、生物の定義は独自のDNAを持っていて、自己増殖するということです。」

「はい。それは大切ですね。」



先生は顔色一つ変えずに授業を進める。

智が振り返ってごめん、という顔をする。


ううん。首を振りながら、きりりと胸が痛んだ。


最初からこのくらいのこと予期していた。

智に見せたノートにはわざと完全じゃないことが書いてあるのだ。




この春から担任になった生物教師。

そう、あの日、桜の木の下で出会った、不思議な先生。

守りたくなるように見える反面、何か厳しいものを秘めた夏目先生。




先生はきっと気づいただろう。

私のずるさに。

一本取られたような気分になって、私は先生と目を合わせられなかった。
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