四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「ヒヨコってな、生まれて間もない時は体温の低下によって死んでしまうこともあるんだ。」
「へえ、じゃあこの子強いんだ。」
「ああ。こいつは丈夫だったみたいだな。今は真夏だから、飼育箱が無くても体温が下がらないのかもしれない。」
いつもの生物の話が聞けそうで、私は嬉しくなった。
「あ、そうだ。ニワトリの順位制って知ってるか?ニワトリって複数羽で飼育すると群れの中で順位が生じて、下位のニワトリは上位のニワトリにくちばしでつつかれる現象が起こるんだ。それはヒヨコの時から本能的に始まるみたいで、それで衰弱して死んでしまうこともある―――」
夏目が夢中になって話している間、私も夏目の顔を見つめながら、一生懸命に話を聞いていた。
「つまりね、ヒヨコは、」
「あれ?」
「なんだ?」
「ヒヨコさん、どこ?」
「……あれっ?お、おいどこ行った、小倉、探そう!」
「はい!」
突然いなくなったヒヨコを、二人で実験室の隅から隅まで探した。
しかし、黄色くてふわふわしたあの生き物が見つからない……。
「いないね。」
「いないな。」
夏目と顔を見合わせる。
「先生、ごめんね。私がよく見てなかったから……。」
「いや、俺が悪い。」
「あ、先生。準備室のドアの下に隙間、あるよね。」
実験室は準備室とドアひとつで隔たっている。そのドアの下に、小さな隙間があるのだ。
「あそこか……。」
夏目と私は走って準備室に入る。
しかし、見まわした限りではヒヨコはいそうもなかった。
しばらく探して、あきらめかけた時、夏目の机の上にコンビニの袋が置いてあるのに気付いた。
「先生、これお昼……わっ、ヒヨコ!」
「おまえそんなとこにいたのか。お腹すいてるのか?」
「もう、エサあげなかったの?先生。」
そう言うと、夏目は急に悲しそうな顔になった。
「こいつ、ほんとは孵しちゃいけなかったんだ。発生の過程を見るためだけに保温してたからね。でも、今朝来て、見てたらコツって音がして。しまった、と思ったよ。だけど、」
「殺しちゃうの?」
夏目がはっとした顔をした。
「まあ、そうだな。そういうことになるな。」
準備室が重い空気に支配される。
「先生んちマンション?」
「ああ。」
「じゃあ、私が飼ってあげるよ。オス?メス?」
「オスだ。」
「なんだ、卵産んでくれないじゃん。でもいい。飼ってあげる。」
夏目が笑った。
本当に晴れ晴れとした顔で笑った。
「そうか。ずっと気にしてたんだ。小倉呼んで、よかった。」
その言葉を聞いて、私は嬉しかった。
ほんとはニワトリ飼うなんて、あの家ではありえないけれど、何とかして見せるって、そう思えた。
夏目の痛みも、私だって少しは背負いたい。
「もう、先生こんなの食べてるの?体に悪い!」
「仕方ないだろ、お弁当作ってくれるような人がいないんだから。」
「嘘だ。先生好きな人いるって聞いたよ。」
「誰に。」
「内緒。」
「それはほんとだぞ。でも、お弁当を作ってくれる人がいないのもほんとだ。」
「じゃあ、片思いなんだ、先生。」
「そうだな。永遠の片思いだ。」
永遠という言葉に、決して人を立ち入らせない響きを感じた。それが悔しくて、切なかった。
「私が作ってきてあげようか。」
「ばか。赤点娘はせいぜい学業に励むがいい。」
「何よ、あれは事故みたいなものなのに。……先生、そんなこと言ってないで結婚しないと乗り遅れるよ。」
「お前に心配されなくても大丈夫だ。」
悔しい。なんか負けっぱなしだ。
「私が奥さんなら、毎日お弁当作るのに。先生を守ってあげるのに。」
夏目が言葉を失くしているすきに、言った。
「私、先生のこと好き。」
夏目が何か言いかける。
「返事しなくていいよ。私はただ先生に伝えたかっただけだから。でも……、前みたいに私のこと避けないでね。私、先生のそばにいたい。」
夏目はじっと私を見つめていた。
しばらくして、お茶とコーヒーどっちがいい?と尋ねられた。
「コーヒー。ブラックでいいよ。」
「まだお子様のくせに。」
夏目は小さな声でつぶやくと、苦笑いした。
「へえ、じゃあこの子強いんだ。」
「ああ。こいつは丈夫だったみたいだな。今は真夏だから、飼育箱が無くても体温が下がらないのかもしれない。」
いつもの生物の話が聞けそうで、私は嬉しくなった。
「あ、そうだ。ニワトリの順位制って知ってるか?ニワトリって複数羽で飼育すると群れの中で順位が生じて、下位のニワトリは上位のニワトリにくちばしでつつかれる現象が起こるんだ。それはヒヨコの時から本能的に始まるみたいで、それで衰弱して死んでしまうこともある―――」
夏目が夢中になって話している間、私も夏目の顔を見つめながら、一生懸命に話を聞いていた。
「つまりね、ヒヨコは、」
「あれ?」
「なんだ?」
「ヒヨコさん、どこ?」
「……あれっ?お、おいどこ行った、小倉、探そう!」
「はい!」
突然いなくなったヒヨコを、二人で実験室の隅から隅まで探した。
しかし、黄色くてふわふわしたあの生き物が見つからない……。
「いないね。」
「いないな。」
夏目と顔を見合わせる。
「先生、ごめんね。私がよく見てなかったから……。」
「いや、俺が悪い。」
「あ、先生。準備室のドアの下に隙間、あるよね。」
実験室は準備室とドアひとつで隔たっている。そのドアの下に、小さな隙間があるのだ。
「あそこか……。」
夏目と私は走って準備室に入る。
しかし、見まわした限りではヒヨコはいそうもなかった。
しばらく探して、あきらめかけた時、夏目の机の上にコンビニの袋が置いてあるのに気付いた。
「先生、これお昼……わっ、ヒヨコ!」
「おまえそんなとこにいたのか。お腹すいてるのか?」
「もう、エサあげなかったの?先生。」
そう言うと、夏目は急に悲しそうな顔になった。
「こいつ、ほんとは孵しちゃいけなかったんだ。発生の過程を見るためだけに保温してたからね。でも、今朝来て、見てたらコツって音がして。しまった、と思ったよ。だけど、」
「殺しちゃうの?」
夏目がはっとした顔をした。
「まあ、そうだな。そういうことになるな。」
準備室が重い空気に支配される。
「先生んちマンション?」
「ああ。」
「じゃあ、私が飼ってあげるよ。オス?メス?」
「オスだ。」
「なんだ、卵産んでくれないじゃん。でもいい。飼ってあげる。」
夏目が笑った。
本当に晴れ晴れとした顔で笑った。
「そうか。ずっと気にしてたんだ。小倉呼んで、よかった。」
その言葉を聞いて、私は嬉しかった。
ほんとはニワトリ飼うなんて、あの家ではありえないけれど、何とかして見せるって、そう思えた。
夏目の痛みも、私だって少しは背負いたい。
「もう、先生こんなの食べてるの?体に悪い!」
「仕方ないだろ、お弁当作ってくれるような人がいないんだから。」
「嘘だ。先生好きな人いるって聞いたよ。」
「誰に。」
「内緒。」
「それはほんとだぞ。でも、お弁当を作ってくれる人がいないのもほんとだ。」
「じゃあ、片思いなんだ、先生。」
「そうだな。永遠の片思いだ。」
永遠という言葉に、決して人を立ち入らせない響きを感じた。それが悔しくて、切なかった。
「私が作ってきてあげようか。」
「ばか。赤点娘はせいぜい学業に励むがいい。」
「何よ、あれは事故みたいなものなのに。……先生、そんなこと言ってないで結婚しないと乗り遅れるよ。」
「お前に心配されなくても大丈夫だ。」
悔しい。なんか負けっぱなしだ。
「私が奥さんなら、毎日お弁当作るのに。先生を守ってあげるのに。」
夏目が言葉を失くしているすきに、言った。
「私、先生のこと好き。」
夏目が何か言いかける。
「返事しなくていいよ。私はただ先生に伝えたかっただけだから。でも……、前みたいに私のこと避けないでね。私、先生のそばにいたい。」
夏目はじっと私を見つめていた。
しばらくして、お茶とコーヒーどっちがいい?と尋ねられた。
「コーヒー。ブラックでいいよ。」
「まだお子様のくせに。」
夏目は小さな声でつぶやくと、苦笑いした。