四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
部屋で布団に顔をうずめながら、声を殺して泣いた。


だから、やっぱり。

前の私はちゃんとわかっていたはずだった。


そう、私はずっと「本気」になりたくなかった。

本気になれば、本気になって夢を描けば、本気になって人を愛すれば―――

人は、守りたいものができてしまう。

そして、その守りたいものを失ったとき人がどれほどつらい思いをするかは、よく知っていた。



それなのに今、私にはどうしても失えないものがあった。



預けたハンカチ、困ったような笑顔、口癖、生物の話、ヒヨコの秘密、明日の約束……。

私はどれも、どうしても失えなかった。


涙があとからあとから流れては落ちる。

あの時、母が死んだあの時を思い出すくらい、苦しかった。

ここに残りたい。

でも、誰もそれを望んでいない。


夏目のそばにいるだけで、その声を聴いているだけで私は幸せだった。

それ以上のことは何一つ望んでいなくて。

夏目の好きな人がだれかとか、恋人はいるかとか、ほんとはそんなこともどうでもよくて。

ただ好きだと、夏目が好きだと伝えられればそれだけで私は満足だった。


そんなささやかな恋も、すべてを置いて行かなくちゃいけないのだろうか。


それから智。

私は智の事、いつのまにか友達だと思ってた。

唯一の友達だと。

智はきっと知ってる。

私が本気で向き合ってなかったこと。

それでも彼女はそばにいてくれた。

限りなく素直に、その心を打ち明けてくれた。


もう、会えないのだろうか。


考えれば考えるほど切ない思いが湧き出して、こらえきれない。


私は結局眠れぬ夜を過ごした。
< 55 / 182 >

この作品をシェア

pagetop