四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
最後のバスは行ってしまった後だった。

私は、とぼとぼと歩き続けた。

微かな記憶を頼りに。


ああ、私は思い出した。

車の中になつを忘れた。

夢中で飛び出して来たから、なつを……。

急に寂しくなった。


早瀬に、申し訳ないという気持ちもある。

あの人はあの人なりに、私を愛そうとしてくれたのかもしれない。

でも、やっぱり違う。

都心の高級住宅も、お金持ちのお嬢様と友達になることも、綺麗な洋服を着ることも、私にとって何の意味もないことを、早瀬は知らない。


気付くと、見覚えのある商店街に差し掛かっていた。

夏目が送ってくれた道を逆にたどっていく。

あの時はまだ何にも知らなかった。

ただ夏目の隣で、笑っていればよかった。

そんな自分がうらやましいと思った。


夏目の家を見つけた時には、くたくたで、全身びしょ濡れだった。

それでも雨は、容赦なく降り続ける。

夏目の部屋には、電気がついていなかった。


インターホンを押す。

返事はない。

もう一度押す。



「夏目先生……。」



私の口から漏れた言葉は、空しく雨にかき消された。

夏とはいえ、夜になると気温が下がり、体温が徐々に奪われていくのが分かる。


私はドアの前にへたり込んだ。


夏目だって大人なんだから、夏休みくらい好きなことするんだろう。

友達と飲みに行くとか、ちょっとした旅行に行くとか、

いや、恋人とデートするとか。


今日はもう帰ってこないのかな。


頬を滑るのが雨なのか涙なのか、自分でも分からない。

そして今、自分が何をしようとしているのかさえ、理解できなかった。


なつ、連れてこなくて良かった。


ふと思う。

連れてきてたらきっと死んでいた。


なつを守るのが償いだとか思っていた自分が、滑稽に思える。


私は、人の命を奪ったんだ。


そんなに簡単に罪が償えるほど、命は軽くない。



もう私は、どこにも帰ることはできなかった。
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