四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「どうして。どうしてそんなこと言うの?」


夏目は私から目を逸らした。


「親は子供を守る義務がある。俺がとやかく言う問題じゃない。お前は、その方が幸せなんだ。」

「でも、」

「それに、俺はもう来年は教師じゃないしね。」

「え……。」

「訳あって、この1年だけ期間採用で教師をやってたんだ。来年の春には、研究室に戻る。居なくなるんだ。」

「そんな……。」

「俺は君にいくら好きだと言われても、君には何もしてあげられない。何も返してやれない。そんなやつのために、自分の幸せ
を捨てるな。君のことを本気で思って、助けてくれるのは家族しかいないんだ。小倉は今まで、嫌な思いしてきたんだろ?大学もいかないのは、本当の両親じゃないからだって言ってたじゃないか。お父さんなら、きっと何でも叶えてくれる。俺とは違ってね。」

「だって、」

「行くんだ。お父さんと一緒に行け。俺のことなんて忘れるんだ。」

「嫌!私はここにいるっ!先生だって、行っちゃやだ。居なくなっちゃ嫌!」


夏目はしがみついた私を無言で一瞥すると、離れて行った。

唯一の心の拠り所が、冷たい言葉とともに崩れ落ちて、私はもう立っていられないくらいショックを受けていた。




しばらくして、夏目が戻ってきた。




「君のお父さんに連絡した。もうすぐ迎えに来る。支度をしておくように。」


夏目の声が冷酷に響く。


いつ、私は間違えてしまったのだろう。

いや、私が夏目を好きになってしまったことが、すでに過ちの始まりだった。


そうでなければ、私は何のしがらみもなく、早瀬に着いていったはずなのだから。



インターホンが鳴る。

私は唇をかみしめて立ち上がった。


「先生。」

「なんだ。」

「幸せってなんだろうね。」


夏目は無言で、どこか遠くを見ていた。


「私、幸せだった。先生と会ってから。でも、ほんとは最初から間違ってたんだね。」


返事はない。


「ごめんなさい。いつも迷惑かけてばっかりで。でも……。」


ドアの向こうから早瀬が呼んでいる。

私はドアノブに手をかけた。


「私、先生のこと……大好き。」


夏目の顔は見ないでドアを開けた。


心配そうな早瀬の顔がのぞく。


「ごめんね、お父さん。」


私は、そっとドアを閉めてから、言った。
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