四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「先生、最近ここ一人じゃないんだね……。」

「え?そんなことはないよ。」

「だっていつだって、あのひと来るでしょ。」

「あの人って?……ああ、篠原さんのことか。『あの人』はないだろう。篠原さんはいつも縁の下の力持ちになって、実験の準備とかしてくれるんだぞ。」

「当たり前でしょ、仕事だもん。先生のためじゃないよ。」

「何を言い出すんだ。」


夏目は怒った顔をした後、突然吹き出した。


「何よ。」

「小倉、なんだ、お前嫉妬してるのか?」

「うぬぼれてる。」

「へー。」


夏目の余裕な顔が憎らしく、それでいて愛しい。


「小倉ってさ、」


突然夏目が言いだした。


「なに?」

「今までに誰かと付き合ったことある?」

「……あったらどうだっていうの?」

「いや。単なる生物学的興味。」

「どこが生物学的だっていうの。……先生は?」

「俺はこの年だぞ。何もない方がおかしいだろ。」

「一途じゃないんだね。」

「そうだな。でも小倉も、一途じゃないんだろ、どうせ。」

「私は一途だよ。憧れなら抱いたことがあったけど……先生のは違う。」

「だってお前、告白とかされないのか?」

「ばかっ。」


言いながら、笑いが止まらなくなった。


「なんで先生がそんなこと聞くの?今日の先生なんか変だよ!」

「確かに。どうかしてる。すまなかった。」


夏目は真顔に戻ってご飯を食べ始めた。

でも、私の心は温かい気持ちでいっぱいだった。


「私ね、告白されても断っちゃうんだ。あと一歩のところで、心の中に大きな警報音が響くの。幸せになっちゃいけないって。」

「え……。」

「だからね、自分から好きになるなんて初めてなの。」

「ああ。」


夏目は驚いたような顔のままうなずいた。


「初めてなの。こんなこと、自分のこと誰かに話すのも。」

「……。」

「ね?一途でしょ。」

「ああ。分かった。お前が一途なのは分かった。……だけどお前も、色々抱えてそうだな。」


そうだよ、と言えたらどれほど楽になるだろう。

私の抱えているものを、すべて夏目に話すことができたら―――

どんなに心が軽くなるだろう。


「お前も」と言った夏目も、人には言えないものを抱えている気がして。

私は、切ない笑顔を夏目に向けたんだ。
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