四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
車が止まったのは、おしゃれな洋館の前だった。


「詩織。」


父が呼ぶ。

私は、少し緊張しながら車を降りた。

偉い人とでも会うのだろうか。

粗相がないようにしなければ。


通されたのは、何もかも真っ白でこぎれいな部屋だった。

テーブルに飾られたバラの花だけが、印象的な鮮やかさだ。

天窓からは青い空が見える。

私は、こんなにきれいな建物をいまだかつて知らなかった。


「もうすぐ来ると思うんだが。」


落ち着かない様子で父が腕時計を見る。

父を焦らせる人とは、いったい誰なのだろうか。


しばらくして、扉が開いた。

反射的に父が立ち上がる。

私も慌てて立ち上がった。


「こんにちは。お待ちいたしておりました。」

「お待たせしてすまないね。……おお、そちらがお嬢さんですか。ほら、秋(しゅう)、ごあいさつを。」

「こんにちは。はじめまして。小原秋と申します。」

「こっ、こんにちは。」


慌てて返した私に、秋は微笑みを向けた。

信じられない……。

テレビの中でしか見たことのないほど整った顔立ち。

余裕のある微笑み。

さわやかで通った声……。


「自己紹介を。」


父に急かされて、自分の名前を言うことさえ忘れていたことに気付いた。


「あっ、私は、小倉詩織と申します。よろしく、お願いします。」


ぺこぺこと頭を下げる。

気付くと、秋はずっと私を見つめていた。

私は、なんだかドギマギしてしまって視線を返せない。


「君は、公立高校に通っていると聞いたよ。」

「は、はい。」

「それに、東京に引っ越すのは嫌だって言うのも。」

「あ……。」

「僕、君の気持ちがよく分かるんだ。だから、君みたいな普通な女の子に惹かれる。」


――惹かれる?


「どうかな、お父さんも賛成してくれているんだ。君との婚約にね。」

「婚約……?」

「そうだよ。僕は君の姿を一目見て、これは運命だと思った。」

「えと、」


私はそっと父を振り返る。

しかし、慌てているだろうと思った父は、涼しい顔で私に目を合わせようともしない。


――もしかして……


『こっちにも手がある』


父は……
< 86 / 182 >

この作品をシェア

pagetop