四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
土曜日は図書館へ向かった。

夏目が読んでいた本と同じものを借りて、生物の勉強をしてみる気になったからだ。

夏目だけを見つめたまま、心の距離は隔たっていく。


だから、その時の私は生物を通して、夏目との心の距離を縮めようと思っていたのかもしれない。


その時までは。


本棚に青い背表紙の本を見つけた。

「細胞分子生物学」。

開くと難しい専門用語がびっしりで、私には理解できそうもない。


それでも両手に本を抱えて、ぎゅっと抱いた、その時だった。


「詩織。」

「え?」


聞き覚えのある声に驚いて振り返ると、秋がいた。


「どうして?」

「どうしても詩織に会いたくなったんだ。お父さんに聞いたら、詩織は図書館にいるって聞いたから。勉強家だね。」

「……。」

「その本は何?」

「あ、ううん、いいの。」


なんだか気乗りがしなくて、本を後ろ手に隠す。


「詩織、」

「ん?」

「もう婚約してるんだ、僕たち。」

「……うん。」


どうして急にそんなことを言い出すのか分からずに、考え込んでいた私に、追い打ちをかけるように秋は言った。


「君のことを僕は心から愛している。」


その時、秋は腕を伸ばして、私を本棚と自分の間に閉じ込めた。

私はあまりに突然のことに、なすすべもなく呆然と秋を見つめる。


「君も、愛してくれるよね?」


それが秋の合図だったのだろう。


「え……、」


反射的に目を閉じる。


唇にそっと触れた温かいものが、離れていくまでの数秒間、私は空っぽになったような気持ちでいた。


手に持っていた本が落ちる。

バタンと大きな音がしたのを、どこか遠くで聞いた。



あの時、私は知らなかったんだ。



私が落とした本を探しに、図書館へやってきた影が、立ちすくんだ後音もなく去って行ったことを―――
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