氷菓子チョコレート
[湊 side]
やー、今さっきのさこちゃんはやばいでしょ。
泣き顔もかわいかったな…。
そんで、気づいたらさこちゃんを抱きしめていた。
あのあと、普通にスタジオから出てきたけど、ほんとはずっと一緒にいたかった。
だけど、二人きりでいたら、また何するかわからない。
さこちゃんを怖がらせちゃいけないんだから。
―.―.―.―.―.―.―
元バンドメンバーのドラマー、池谷蒼(いけたに あおい)は一週間前にバンドから抜けた。
その理由は、池谷がさこちゃんに暴力をふるったからだ。
スタジオで活動の場を広げるために案を出していた時、池谷の提案に不服だったさこちゃんは反論した。
その提案というのは、さこちゃんの学校の学園祭でライブをするというものだった。
もちろん、池谷はさこちゃんがバンドで活動していることを学校の人に知られたくないことは知っていた。
あまりにも反論するさこちゃんに、池谷はイラついたのだろう。
池谷はさこちゃんの顔を殴った。
池谷はバンド活動の幅を広げ、メジャーデビューするのを夢見ていた。
さこちゃんのバンドは演奏の技術も高く、この先デビューできるだろうとささやかれていたほどだから、早く夢を叶えたかったんだと思う。
それまでにも、さこちゃんと池谷はよく喧嘩をしていたから、他のメンバーは気にせず、曲作りをしていた。
僕も一緒にいたが、気にすることはないと言われ、曲作りに参加していた。
だが、僕が守れなかったんだろうか。
そう思うことがある。
だって、一緒の空間にいたのだから。
一度、さこちゃんにそう言ったことがある。
その時さこちゃんは、
「湊はなにも悪くない。私がいけなかったの。」
そう言って笑った。
でも心からの笑顔ではない。
僕が守れてたら、その顔を曇らせることはなかったのに。
その事件の後、バンドのメンバーに対して、女王様っぷりを見せることはほとんどなくなった。
また、メンバーを傷つけるのは嫌だから。
と、彼女は言った。
でも僕は思うんだ。
また、暴力をふるわれるんじゃないかって、思っているんじゃないかなって。
たまに店で会う男性客に対しても、さこちゃんは前みたいに強い口調でものを言わなくなったし、必要最小限のことしか言わない。
それに、かすかに手が震えているんだ。
だけど、僕にはありのままでいてくれる。
それが心を許してくれているようで、嬉しい。
もしあの時、僕が守れてたら、
なんて仮想は考えないんだ。
これから絶対にさこちゃんは僕が守る。