異世界で家庭菜園やってみた
悠里がジャックの鼻面を撫でていると、ウリエルが工場から出て来た。
「ユーリ。ネルさんに挨拶を」
「わたし、絶対、日本に戻るから」
「……」
「誰が何と言っても、わたしは日本に戻りたいの。ウリエルさんにはお世話になってるし、この世界もいい所だと思うけど、でも、わたしは日本人だから!!」
振り向くと、ウリエルと目が合った。
けれどすぐに、彼は悲しそうに目を伏せた。
「ああ、そうだな……。お前は、日本人だ」
自分で言った言葉なのに、ウリエルに言われると、ぐさりと胸に突き刺さる。
(そうだ。わたしは、日本人で、異世界の人間なんだ)
「アシュラムさんが、きっと見つけてくれるから。日本に戻る方法を」
「……見つからなかったら?」
「見つかるよ!アシュラムさんと約束したから!」
ウリエルの顔に、ますます悲しみが広がっていく。
これ以上言うと、彼をどうしようもなく傷付けると分かっているのに、悠里は自分を止められなかった。
「帰る方法が見つかるまでは、野菜作り頑張る。これは、ウリエルさんと約束したことだから。頑張るから。だから、もう、わたしを混乱させないで……」
悠里はジャックの顔に額を擦り付け、肩を震わせた。
ウリエルはその肩に手を触れようとして、またその手を戻した。
二人の間に沈黙が落ちる。
ウリエルを拒絶したくないのに、彼を傷付けたくないのに。
悠里のもたらした、この沈黙は、容赦なくウリエルを打ちのめしていった。
「もう、帰ろう」
ややして、力なく告げたウリエル。
悠里ものろのろとジャックの鼻先から離れた。
二人が決定的に、ここまでぶつかったのは初めてだ。
ただの機織り工場の見学だったのに。
ネルさんの言葉の一つ一つに反応して、勝手に気持ちを高ぶらせ、挙句の果てに、ウリエルを傷付けた。
一番傷付けたくない人を拒絶してしまった。
(わたしって、ほんとダメな奴……)
馬の背の上で、ウリエルの前に座っているというのに、心は遠く離れている。
だが、これは自分が招いた結果だ。
悠里は唇を噛み締めて耐えるしかなかった。
屋敷に戻って来ると、悠里はそのまま庭に回り、旅の間放って置いた畑に行ってみた。
満開の花が咲いていた。
白や赤の可憐な花達。
品種改良が進んでいないのか、あまり種類はないけれど、野生の花のように生き生きとしていて美しい。
悠里が旅に出ている間、コウメさまが世話をしてくれていたのだ。
花を植えていない箇所の剥き出しの土に、ぐさっと棒を挿せば、途端に土の香りが辺りに漂う。
その香りは、悠里の疲れ切った頭を癒してくれた。
もう少し掘り下げると、ごそごそと小さな虫が這い出て来た。
春の訪れを告げる虫だ。
それをそっと手で摘み、目の高さに持ち上げる。
「君は、あっちの世界でも見たことあるねえ」
もしかしたら、かつての被召喚者にくっついて来て、そのままここに馴染んだのかもしれないと思った。
「君は、君のご先祖は、戻りたいって、思わなかったのかなあ」
土は同じだから?
だから、この虫は、ここにいるの?
そっと土の上で手を離すと、急いで土の中に戻って行った。
「ここに野菜植えるから、よろしくね」
見えなくなった虫に言った。
この土から食べ物を得るのは、虫も人も同じ。
だから、悠里は、他人よりも虫との語らいの方が気楽に思える。
彼らの方が、素直な反応を示してくれるから。
人間のように表と裏のない、純粋な反応。
いい土になれば、もっと虫も増えてくれるだろう。
そうしたら、美味しい野菜がたくさん出来る。
「どうして人も、単純にいかないんだろうね」
悠里はあの頃と何一つ変わっていない。
人付き合いに疲れると、土を耕し、虫やミミズと語らう。
変わらないまま、この世界に来て、二ヶ月になろうとしていた。
「ユーリ。ネルさんに挨拶を」
「わたし、絶対、日本に戻るから」
「……」
「誰が何と言っても、わたしは日本に戻りたいの。ウリエルさんにはお世話になってるし、この世界もいい所だと思うけど、でも、わたしは日本人だから!!」
振り向くと、ウリエルと目が合った。
けれどすぐに、彼は悲しそうに目を伏せた。
「ああ、そうだな……。お前は、日本人だ」
自分で言った言葉なのに、ウリエルに言われると、ぐさりと胸に突き刺さる。
(そうだ。わたしは、日本人で、異世界の人間なんだ)
「アシュラムさんが、きっと見つけてくれるから。日本に戻る方法を」
「……見つからなかったら?」
「見つかるよ!アシュラムさんと約束したから!」
ウリエルの顔に、ますます悲しみが広がっていく。
これ以上言うと、彼をどうしようもなく傷付けると分かっているのに、悠里は自分を止められなかった。
「帰る方法が見つかるまでは、野菜作り頑張る。これは、ウリエルさんと約束したことだから。頑張るから。だから、もう、わたしを混乱させないで……」
悠里はジャックの顔に額を擦り付け、肩を震わせた。
ウリエルはその肩に手を触れようとして、またその手を戻した。
二人の間に沈黙が落ちる。
ウリエルを拒絶したくないのに、彼を傷付けたくないのに。
悠里のもたらした、この沈黙は、容赦なくウリエルを打ちのめしていった。
「もう、帰ろう」
ややして、力なく告げたウリエル。
悠里ものろのろとジャックの鼻先から離れた。
二人が決定的に、ここまでぶつかったのは初めてだ。
ただの機織り工場の見学だったのに。
ネルさんの言葉の一つ一つに反応して、勝手に気持ちを高ぶらせ、挙句の果てに、ウリエルを傷付けた。
一番傷付けたくない人を拒絶してしまった。
(わたしって、ほんとダメな奴……)
馬の背の上で、ウリエルの前に座っているというのに、心は遠く離れている。
だが、これは自分が招いた結果だ。
悠里は唇を噛み締めて耐えるしかなかった。
屋敷に戻って来ると、悠里はそのまま庭に回り、旅の間放って置いた畑に行ってみた。
満開の花が咲いていた。
白や赤の可憐な花達。
品種改良が進んでいないのか、あまり種類はないけれど、野生の花のように生き生きとしていて美しい。
悠里が旅に出ている間、コウメさまが世話をしてくれていたのだ。
花を植えていない箇所の剥き出しの土に、ぐさっと棒を挿せば、途端に土の香りが辺りに漂う。
その香りは、悠里の疲れ切った頭を癒してくれた。
もう少し掘り下げると、ごそごそと小さな虫が這い出て来た。
春の訪れを告げる虫だ。
それをそっと手で摘み、目の高さに持ち上げる。
「君は、あっちの世界でも見たことあるねえ」
もしかしたら、かつての被召喚者にくっついて来て、そのままここに馴染んだのかもしれないと思った。
「君は、君のご先祖は、戻りたいって、思わなかったのかなあ」
土は同じだから?
だから、この虫は、ここにいるの?
そっと土の上で手を離すと、急いで土の中に戻って行った。
「ここに野菜植えるから、よろしくね」
見えなくなった虫に言った。
この土から食べ物を得るのは、虫も人も同じ。
だから、悠里は、他人よりも虫との語らいの方が気楽に思える。
彼らの方が、素直な反応を示してくれるから。
人間のように表と裏のない、純粋な反応。
いい土になれば、もっと虫も増えてくれるだろう。
そうしたら、美味しい野菜がたくさん出来る。
「どうして人も、単純にいかないんだろうね」
悠里はあの頃と何一つ変わっていない。
人付き合いに疲れると、土を耕し、虫やミミズと語らう。
変わらないまま、この世界に来て、二ヶ月になろうとしていた。