異世界で家庭菜園やってみた

『農業大全』を捲るウリエルは、しかし文字など読んでいない。

頭にあるのは、機織り工場での悠里との遣り取りだけだ。

なるべく彼女を刺激しないように。

気を付けていたというのに。

何が彼女の癇に障ったのか、ウリエルには分かっていた

だからウリエルは、悠里が思う程には、傷付いてはいなかった。

(まあ、けっこう、堪えたけどな……)

頭に入らない『農業大全』をパタリと閉じて、ウリエルは嘆息した。

彼女の心に寄り添いたいと思いながら、なかなかそう出来ない、もどかしさがある。

焦ってはだめだと戒めながら、つい彼女の心を求めてしまう自分がいる。

(戻りたいって、言ったな……)

それが悠里の望みなら、否やはなかった。

もしアシュラムが戻る方法を見つけたなら、彼女を家族の元に帰してあげよう。

それが、彼女をこの世界に呼んだ、自分たちの罪滅ぼしだ。

彼女が元の世界で失った時間は返しようがないけれど。

(それは償っても償い切れないけれど……。もう俺は、お前を求めたりしないから……)

立ち上がり、窓辺に寄ると、下の家庭菜園に悠里がいるのを見つけた。

一心に、木の棒で土を耕している。

時折虫を摘み上げては嬉しそうに笑った。

その様子に、ウリエルの口元にも、ふっと笑みが零れた。

(好きなのにな……)

どうやら、初恋は叶わないというジンクスは当たっているようだ。

胸に鈍い痛みを感じながら、ウリエルは飽くことなく、土と戯れる悠里を見つめていた……。





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