異世界で家庭菜園やってみた
「これも、違う!」
彼の周りには、古い文献がうず高く積み上げられ、床にも足の踏み場がない程だ。
光源がなくても光り輝く髪は乱れ、宝石のような瞳の下には隈が出来ている。
国の至宝とまで言われる面影は、今の彼にはなかった。
神殿の書庫に篭り、ただひたすら、被召喚者を帰す方法を探し続けている、アシュラム。
しかし未だ、その方法の記された文献は見付からず、彼は憔悴し切っていた。
「……やはり、ないのか?だから、どの召喚されし者たちも、この世界に骨を埋めたのか?」
また一冊、分厚い文献が床に放り出された。
「いや。それでは魔法学に反するんだ。必ず、プラスの作用の反対はある筈なんだ。でなくては、召喚の秘術は欠陥品ということになる……」
項垂れ、考えを巡らしていたアシュラムは、不意に顔を上げた。
「どうして、今まで忘れていた?姫のことを思う余りに、私は……」
我を失い過ぎだ……。
自嘲の笑みを浮かべ、アシュラムは動き出した。
呼び鈴を鳴らすとすぐに衣擦れの音がした。
食を取ろうとしない彼を案じて、近くに控えていたようだ。
「ヨハンナか?」
「はい。お食事を召し上がりますか?」
「いや。後でいい。それより、身支度を整えてくれ」
扉の向こうから、戸惑った声が返ってきた。
「お出掛けでございますか?でしたら、まず、お食事を」
「何度も同じ事を言わせるな」
「……では……」
遠慮がちに入って来たヨハンナは、久しぶりに見るアシュラムの姿に息を飲んだ。
「殿下……」
「王宮に行く」
「お父上さまが驚かれますわ」
「かまわない」
「では、せめて、おぐしを梳かしてくださいませ……」
ヨハンナには、主たるアシュラムが何を考えているのか、皆目検討もつかなかった。
大抵のことは分かるつもりでいたのに。
(それもこれも、あの娘が来てからだわ)
あの時から、アシュラムの様子が変わってしまった。
けれど、そんな思いはおくびにも出さず、ヨハンナはアシュラムの身支度を整えて行った。
正装を身に付け、髪も整えると、幾分以前の華やぎを取り戻したようだった。
「では、行って来る」
「わたくしは?」
「いい。馬で行って来る」
「殿下?」
「急ぎの用だ」
言い捨て、アシュラムは外套を翻して出て行った。
「やはり、ご様子がおかしい……」
ヨハンナの呟きを聞き咎めた者は誰もいなかった。