異世界で家庭菜園やってみた

「これも、違う!」

彼の周りには、古い文献がうず高く積み上げられ、床にも足の踏み場がない程だ。

光源がなくても光り輝く髪は乱れ、宝石のような瞳の下には隈が出来ている。

国の至宝とまで言われる面影は、今の彼にはなかった。

神殿の書庫に篭り、ただひたすら、被召喚者を帰す方法を探し続けている、アシュラム。

しかし未だ、その方法の記された文献は見付からず、彼は憔悴し切っていた。

「……やはり、ないのか?だから、どの召喚されし者たちも、この世界に骨を埋めたのか?」

また一冊、分厚い文献が床に放り出された。

「いや。それでは魔法学に反するんだ。必ず、プラスの作用の反対はある筈なんだ。でなくては、召喚の秘術は欠陥品ということになる……」

項垂れ、考えを巡らしていたアシュラムは、不意に顔を上げた。

「どうして、今まで忘れていた?姫のことを思う余りに、私は……」

我を失い過ぎだ……。

自嘲の笑みを浮かべ、アシュラムは動き出した。

呼び鈴を鳴らすとすぐに衣擦れの音がした。

食を取ろうとしない彼を案じて、近くに控えていたようだ。

「ヨハンナか?」

「はい。お食事を召し上がりますか?」

「いや。後でいい。それより、身支度を整えてくれ」

扉の向こうから、戸惑った声が返ってきた。

「お出掛けでございますか?でしたら、まず、お食事を」

「何度も同じ事を言わせるな」

「……では……」

遠慮がちに入って来たヨハンナは、久しぶりに見るアシュラムの姿に息を飲んだ。

「殿下……」

「王宮に行く」

「お父上さまが驚かれますわ」

「かまわない」

「では、せめて、おぐしを梳かしてくださいませ……」

ヨハンナには、主たるアシュラムが何を考えているのか、皆目検討もつかなかった。

大抵のことは分かるつもりでいたのに。

(それもこれも、あの娘が来てからだわ)

あの時から、アシュラムの様子が変わってしまった。

けれど、そんな思いはおくびにも出さず、ヨハンナはアシュラムの身支度を整えて行った。

正装を身に付け、髪も整えると、幾分以前の華やぎを取り戻したようだった。

「では、行って来る」

「わたくしは?」

「いい。馬で行って来る」

「殿下?」

「急ぎの用だ」

言い捨て、アシュラムは外套を翻して出て行った。

「やはり、ご様子がおかしい……」

ヨハンナの呟きを聞き咎めた者は誰もいなかった。





< 114 / 152 >

この作品をシェア

pagetop