異世界で家庭菜園やってみた
一悶着の末に結局やることになったサラの家庭教師と、菜園の水やり。
それらを繰り返す毎日の中で、悠里は自分を見つめ返すには十分な時間を与えられていた。
アルバートに「意地になっている」と指摘されたこと。
ぐちゃぐちゃな心を持て余して、ウリエルを拒絶したこと。
(自分はなんて、幼稚で、未熟で、どうしようもなく身勝手なんだろう)
彼が側にいない。
そのことが、こんなにも寂しい。
けれど、それは、自分が招いた結果なのだと、悠里は受け止めるしかなかった。
新緑は若葉となり、汗ばむことも多くなった頃。
菜園の野菜は、もう随分育っていた。
数こそ少ないものの、最初にしては良い出来。
これなら収穫も期待出来そうだと、ジョーやアルバートと話していた矢先だった。
その朝水やりに行っていたアルバートが、思いの外早く、血相を変えて戻って来たのだ。
「ユーリ。大変だ!」
ちょうど、これから授業だというのに、何処かに行ってしまったサラを探している処だった悠里は、何があったのかと身構えた。
そんな悠里の肩をはっしと掴むと、「野菜がっ!菜園が、荒らされてたんだ!!」
「え……?」
耳を疑った。
「どうして?」
「分からないけど、人の足跡が残っていたから、きっと……」
「そんな!」
あの場所は、子爵領だ。
おいそれと部外者が入ることの出来る場所ではない筈だった。
それなのに、誰かが菜園に入り、荒らして行ったのだろうか。
「とにかく、一緒に行こう。これは、ウリエルさんにも関係することだから、僕が話してくるよ」
悠里の返事も待たず、アルバートはウリエルがいる筈の彼の部屋の方へ向かって行った。
悠里はガクッと体の力が抜けて、玄関ホールにあるベンチに座り込んでしまった。
「誰がいったい……」
ハーブ類は、もう明日か明後日には収穫出来るところまで育っていた。
それなのに……。
実際どれくらいの被害だったのかは、この目で見るまで分からないけれど。
アルバートがあんなに慌てて帰って来るくらいだ。
余程だったのだろう。
「はあ」
溜め息をついて、頭を抱えた。
まただ。
また、上手くいかなかった。
いつもそうだ。
やること、なすこと全てが、上手くいかない。
(わたしって、よっぽど、ついてないのかなあ)
随分後ろ向きな事を考えながら項垂れていると、二つの足音が聞こえて来た。
「ユーリ。大丈夫?」
悠里の様子に、慌てて駆け寄るアルバートの後ろから、ゆっくりとウリエルがやって来る。
それを感じながら、悠里はのろのろと顔を上げた。
「顔色悪いよ。君はここに残ってるか?」
「ううん。行くよ。菜園の責任者は、わたしだから」
「……うん。そうだね」
「馬車の手配をさせた。行こう」
静かにそう言って玄関を出て行くウリエルに続こうとした時、視界の隅にサラを捕らえた。
「サラちゃん!?どこにいたの?」
「あんたこそ、どこ行くのさ」
「ごめん。急に菜園に行かなくちゃならなくなって。今日はお休みにしようか?」
「菜園?」
「うん。サラちゃんも一緒に行く?」
「行っかな〜い。街に行ってくるわ」
「お前。また!」
アルバートが声を上げると、サラは肩をすくめ、「兄さんも、いい加減、野菜作りなんてやめて、遊んだらいいのに。人生は一度しかないのよ〜」と意地悪く笑った。
「サラ!最初は、お前もやるって言ってたじゃないか」
「いざとなったら、面倒くさくなったんだもん」
「もう、いい。好きにしろ!ユーリ。行こう」
アルバートは、ぐいっと悠里の手を引いた。
「でも……」
「いいよ、あんな奴。放っておこう」
玄関を出る際、悠里は顔だけ後ろに向けた。
そこには、まだサラがいて、その表情に悠里は息を飲んだ。
けれど、アルバートの強い力には逆らえず、馬車に乗り込んでしまったのだ。
腰掛けてから思った。
(サラちゃん。泣いてた……?)
隣に座る、アルバートを見た。
「サラちゃん。やっぱり一緒に行きたかったんじゃ……」
「だったら、素直にそう言えばいいんだ」
「アル……」
「あいつは自由気ままにやってるんだから。付き合ってられないよね」
「でも、心配でしょう?」
「心配ばかりしてるのは、あいつの為にならないって、前ジョーさんに言われたことがあるんだよ」
「ジョーさんに?」
「そう。それから、時には突き放して、自分で考えさせるのも必要かなって思って」
「……そうなんだ」
でも、そのことで、サラが寂しく思っているのなら、少し可哀想だった。
(サラちゃんとわたしって、似てないようで、もしかして凄く似てるのかも)
不意に、悠里はそう思った。
失って初めて、寂しさを感じているのだとしたら。
(わたしたちって、同じくらい我が儘なんだわ……)
そっと、向かいの席に座るウリエルを盗み見た。
馬車が動き始めてからずっと、窓の外を見ていたウリエル。
今も、そうしているのだと思っていた。
だが、違った。
彼の視線は、悠里に注がれていたのだ。
(え?)
どきっとして目を見張ると、ふいっと視線を外された。
そしてウリエルはまた、窓の外を眺め始めた。
(な、なんで、こっち見てたの?)
サラの事は何処かへ。
菜園に着くまで、悠里はウリエルと目が合ったことについてばかり考えていた。
「俺はウリエルさんで、アルバートはアル(・・)なんだ」
思わず、そう言ってしまいそうになった。
さすがに女々し過ぎると思い留まったけれど、その後も、深刻そうな顔で話す二人が気になって、外の景色を眺めているどころではなくなって、視線を馬車の中に戻すと、悠里が悲しそうな顔をしていた。
心を打たれ、何がそんなに悲しいのか気になって、見つめ続けた。
あの日より前なら。
彼女を慰めるのは、自分の役目であったのに。
今、彼女の隣に座るのは、アルバートで。
彼の言葉に、少し明るくなる悠里の表情。
そんなことにまで嫉妬した。
その時、悠里がこちらに視線を向けた。
ばっちり合った視線。
ぽかんとした表情の悠里から、すぐに視線を逸らしてしまった。
(俺も大概だな……)
幾分自分を情けなく思いながら、それでも諦めきれない思いを抱えて、ウリエルは視線を逸らしたまま悠里の気配だけを追っていた。
それらを繰り返す毎日の中で、悠里は自分を見つめ返すには十分な時間を与えられていた。
アルバートに「意地になっている」と指摘されたこと。
ぐちゃぐちゃな心を持て余して、ウリエルを拒絶したこと。
(自分はなんて、幼稚で、未熟で、どうしようもなく身勝手なんだろう)
彼が側にいない。
そのことが、こんなにも寂しい。
けれど、それは、自分が招いた結果なのだと、悠里は受け止めるしかなかった。
新緑は若葉となり、汗ばむことも多くなった頃。
菜園の野菜は、もう随分育っていた。
数こそ少ないものの、最初にしては良い出来。
これなら収穫も期待出来そうだと、ジョーやアルバートと話していた矢先だった。
その朝水やりに行っていたアルバートが、思いの外早く、血相を変えて戻って来たのだ。
「ユーリ。大変だ!」
ちょうど、これから授業だというのに、何処かに行ってしまったサラを探している処だった悠里は、何があったのかと身構えた。
そんな悠里の肩をはっしと掴むと、「野菜がっ!菜園が、荒らされてたんだ!!」
「え……?」
耳を疑った。
「どうして?」
「分からないけど、人の足跡が残っていたから、きっと……」
「そんな!」
あの場所は、子爵領だ。
おいそれと部外者が入ることの出来る場所ではない筈だった。
それなのに、誰かが菜園に入り、荒らして行ったのだろうか。
「とにかく、一緒に行こう。これは、ウリエルさんにも関係することだから、僕が話してくるよ」
悠里の返事も待たず、アルバートはウリエルがいる筈の彼の部屋の方へ向かって行った。
悠里はガクッと体の力が抜けて、玄関ホールにあるベンチに座り込んでしまった。
「誰がいったい……」
ハーブ類は、もう明日か明後日には収穫出来るところまで育っていた。
それなのに……。
実際どれくらいの被害だったのかは、この目で見るまで分からないけれど。
アルバートがあんなに慌てて帰って来るくらいだ。
余程だったのだろう。
「はあ」
溜め息をついて、頭を抱えた。
まただ。
また、上手くいかなかった。
いつもそうだ。
やること、なすこと全てが、上手くいかない。
(わたしって、よっぽど、ついてないのかなあ)
随分後ろ向きな事を考えながら項垂れていると、二つの足音が聞こえて来た。
「ユーリ。大丈夫?」
悠里の様子に、慌てて駆け寄るアルバートの後ろから、ゆっくりとウリエルがやって来る。
それを感じながら、悠里はのろのろと顔を上げた。
「顔色悪いよ。君はここに残ってるか?」
「ううん。行くよ。菜園の責任者は、わたしだから」
「……うん。そうだね」
「馬車の手配をさせた。行こう」
静かにそう言って玄関を出て行くウリエルに続こうとした時、視界の隅にサラを捕らえた。
「サラちゃん!?どこにいたの?」
「あんたこそ、どこ行くのさ」
「ごめん。急に菜園に行かなくちゃならなくなって。今日はお休みにしようか?」
「菜園?」
「うん。サラちゃんも一緒に行く?」
「行っかな〜い。街に行ってくるわ」
「お前。また!」
アルバートが声を上げると、サラは肩をすくめ、「兄さんも、いい加減、野菜作りなんてやめて、遊んだらいいのに。人生は一度しかないのよ〜」と意地悪く笑った。
「サラ!最初は、お前もやるって言ってたじゃないか」
「いざとなったら、面倒くさくなったんだもん」
「もう、いい。好きにしろ!ユーリ。行こう」
アルバートは、ぐいっと悠里の手を引いた。
「でも……」
「いいよ、あんな奴。放っておこう」
玄関を出る際、悠里は顔だけ後ろに向けた。
そこには、まだサラがいて、その表情に悠里は息を飲んだ。
けれど、アルバートの強い力には逆らえず、馬車に乗り込んでしまったのだ。
腰掛けてから思った。
(サラちゃん。泣いてた……?)
隣に座る、アルバートを見た。
「サラちゃん。やっぱり一緒に行きたかったんじゃ……」
「だったら、素直にそう言えばいいんだ」
「アル……」
「あいつは自由気ままにやってるんだから。付き合ってられないよね」
「でも、心配でしょう?」
「心配ばかりしてるのは、あいつの為にならないって、前ジョーさんに言われたことがあるんだよ」
「ジョーさんに?」
「そう。それから、時には突き放して、自分で考えさせるのも必要かなって思って」
「……そうなんだ」
でも、そのことで、サラが寂しく思っているのなら、少し可哀想だった。
(サラちゃんとわたしって、似てないようで、もしかして凄く似てるのかも)
不意に、悠里はそう思った。
失って初めて、寂しさを感じているのだとしたら。
(わたしたちって、同じくらい我が儘なんだわ……)
そっと、向かいの席に座るウリエルを盗み見た。
馬車が動き始めてからずっと、窓の外を見ていたウリエル。
今も、そうしているのだと思っていた。
だが、違った。
彼の視線は、悠里に注がれていたのだ。
(え?)
どきっとして目を見張ると、ふいっと視線を外された。
そしてウリエルはまた、窓の外を眺め始めた。
(な、なんで、こっち見てたの?)
サラの事は何処かへ。
菜園に着くまで、悠里はウリエルと目が合ったことについてばかり考えていた。
「俺はウリエルさんで、アルバートはアル(・・)なんだ」
思わず、そう言ってしまいそうになった。
さすがに女々し過ぎると思い留まったけれど、その後も、深刻そうな顔で話す二人が気になって、外の景色を眺めているどころではなくなって、視線を馬車の中に戻すと、悠里が悲しそうな顔をしていた。
心を打たれ、何がそんなに悲しいのか気になって、見つめ続けた。
あの日より前なら。
彼女を慰めるのは、自分の役目であったのに。
今、彼女の隣に座るのは、アルバートで。
彼の言葉に、少し明るくなる悠里の表情。
そんなことにまで嫉妬した。
その時、悠里がこちらに視線を向けた。
ばっちり合った視線。
ぽかんとした表情の悠里から、すぐに視線を逸らしてしまった。
(俺も大概だな……)
幾分自分を情けなく思いながら、それでも諦めきれない思いを抱えて、ウリエルは視線を逸らしたまま悠里の気配だけを追っていた。