異世界で家庭菜園やってみた
王都に向けて進む馬車の中。

しばらく悠里とアシュラムの間に会話はなく、悠里は窓を外を過ぎる景色を眺めていた。

神殿は小高い丘の上に建てられていて、馬車は神殿の敷地を出るとすぐに森の中の坂を下り始めた。

鬱蒼とした森には、時折開けた場所に果樹園もあり、昨夜の食卓に出た果物も見ることが出来た。

悠里はその景色を楽しんでいたが、やがて森を抜けると、景色は面白みのないものになってしまった。

地平線まで続く荒地に、ぽつんぽつんと民家が点在している。

何もない。そんな印象だった。

その景色に飽きて、悠里は馬車の中に顔を戻した。

「この辺りは何もないんですね?」

瞼を閉じて考え事をしていたらしいアシュラムが、その声に顔を上げた。

「ええ。そうですね……」

そう言ったアシュラムは、どことなく悲しそうだった。

「この辺りだけでなく、王都の周辺にも特に何もありません。我が国はそういう国なんです」

「……木は、たくさんありますね」

そう言うと、アシュラムは笑みを零した。

「神殿の周りの木は、何があっても枯れることがありません。あの場所だけ神の恩恵を受けているのだと、神官だけでなく、この国の誰もが思っています。この国は、作物が育たないのですよ」

「育たない?どうして?」

「極端に土地が痩せているのだとしか考えられません。それでも、なんとか小麦だけは出来て、家畜を育てたり、パンを作ることは出来るのです」

アシュラムの秀麗な顔に、憂いの色が広がる。

これは、神官である彼にとっても重大な問題なんだろう。

「だから、食事に野菜が全然なかったんですか?」

「王都には他国から輸入された野菜が流通しています。けれど、この辺りには、それも届かない。神殿は、民衆の生活に寄り添うべきですから、住民と同じような食事を心がけているんですよ。ですから王都に行けば、姫にも良い食事を差し上げられます」

「ご安心を」とにっこり笑ったアシュラムに、悠里はかぶりを振った。

「わたしは、いいです!アシュラムさんたちと同じでいいです。わたしだけ特別扱いはしないで下さいね」

「……コウメさまと同じことを仰るのですね」

「コウメさま?」

「ええ。いずれご紹介しますよ」

コウメさまと名を呼んだ時、アシュラムはとても穏やかな愛情深い目をした。

きっと彼にとってコウメさまは大切な人なのだ。
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