異世界で家庭菜園やってみた
「じゃあ、なかったことに」

そう告げた時、一瞬ウリエルの瞳に影が差したような気がしたけれど、悠里は気付かない振りをした。

きっとすぐに忘れてしまえる。

ウリエルだって、まだ悠里に対する思い入れは浅いだろうから。

さっきのあれは、ウリエルの冗談。

悠里をとびきり驚かせるための、ドッキリだったのだ。

そう自分に思い込ませることは、案外簡単だった。

(だって、出会ってまだ日も浅いのに。ウリエルさんみたいな素敵な人がわたしをなんて、そんなこと、本当な訳ないじゃない)

嫉妬に駆られて思いの丈をぶつけてしまった、ウリエル。

確かに言うべきタイミングではなかったが、もし相手が違っていれば、そこから何かが始まっていた可能性もあっただろう。

けれど彼が惹かれた相手は悠里で、彼女は人付き合いを極力避けて来た上に、恋愛に疎い。

それどころか、人の心の機微にも疎い彼女の出した結論は、ウリエルにとって、とても残酷なものだった。

ウリエルはそれに気付いている。

悠里と違って、聡いウリエルには、悠里の心の動きが手に取るように分かっていた。

だから切なさを押し隠して、冗談として済ませたのだ。

そのおかげか、それまでとは二人の関係は違ってしまったというのに、悠里は何も変わっていないと思い込んでいる。

けれど今はそれでいい。

悠里の心が人の思いを受け止められるようになるまで、ひたすら待つつもりだったから。





二人は何事もなかったように食事を再開した。

全く違う方向を向いている二人なのに、(気まずくなりたくない)という思いだけは共通している。

そんな微妙な二人の、チェサートでの夜が更けていった。



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