キミさえいれば
「なぁ。

逃げたりしねーから、いい加減この手離してくれない?」


「あ? あぁ……」


俺が手を離すと、藤堂がゆっくり身体を起こして座った。


「ちょっと気になるんだけどよ。

凛が気を失う前に“先輩”って何度も叫んでたんだ。

誰なんだよ、先輩って」


凛……。


お前がどんな思いで俺を呼んだか、それを思うと胸が張り裂けそうになる。


「それ、俺のことだよ」

 
俺の言葉に、きょとんとする藤堂。


「なんで“先輩”?

兄貴なのに。

凛は小さい頃から、お前のことをたもっちゃんって呼んでたはずだろ?」


俺はふぅとため息をついた。


「実は俺、数年前に事故に遭って、それまでの記憶がないんだ」


「はぁっ?」


「だから悪いけど、お前のことも全然覚えてない」


「ま、じかよ……」


藤堂がすごく驚いた顔をしている。


まぁ、無理もないよな。


「俺、凛が自分の妹だなんて知らなかったんだ。

知らずに好きになって……。

凛は凛で、最初は俺の事を兄貴だと疑ってたみたいだけど、俺のあまりの変わり様に完全に違うって思ったみたいで。

それでお互い惹かれあって、付き合うことになったんだ」


俺の話に静かに耳を傾ける藤堂。


「へぇ……。結構ヘビーなんだな……」


藤堂は、ぽつりと呟いた。
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