キミさえいれば
「ねぇ、母さん」


「ん?」


リンゴの皮を剥きながら、母さんは返事をした。


「産んじゃ……だめ?」


「え……?」


母さんの手がピタリと止まる。


「赤ちゃん、産みたいの……」


震える声でそう告げると、母さんはリンゴとナイフをお皿の上にコトンと置いた。


「凛……」


苦しそうな顔をする母さん。


「凛の気持ちは、母さん痛いほどわかる。

凛にこんな残酷な選択をさせたくないけど。

でもね……」


「でも?」


「赤ちゃんを育てるって、思っている以上に大変なことよ。

凛は今すぐ保に働いて欲しいの?

大学を諦めさせたい?」


それは……。


もちろん私だって、先輩には大学に通って欲しい。


だけど。


だけど……。


私はそっと自分のお腹に手を置いた。


ここに宿った私と先輩の赤ちゃん。


命が、今ここにあるのに……。


悲しくて溢れそうになる涙を必死に堪えていたら、コンコンと病室のドアがノックされた。
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