キミさえいれば
その人が連れて行ったのは、ビルとビルの間。


人がやっと一人通れる隙間を無理矢理引っ張られ、奥の暗い場所へと連れて行かれた。


「いやっ。離して。誰かーー!」


必死で大声を出すと、その男に手で口をふさがれた。


「んんっ」


そのままビルの壁に押しやられ、軽く頭を打った。


「黙れ。

黙らないとその可愛い顔に傷をつけるからな……」


そう言ってその男がカチカチと音を立てる。


その音に視線を向けると、男の手からカッターナイフの鋭い刃が飛び出していた。


「……っ」


恐怖で声が出なくなると、その男は私のブラウスに手をかけた。


いや……。


こんなの絶対いや。


恐怖の中、先輩の顔が浮かんだ。


そ、そうだ……!


以前先輩が教えてくれた、いざという時の合気道。


私は咄嗟に男の左腕の関節部分に自分の右腕を乗せた。


そして自分の左腕を男の右腕の下に入れて、自分の右手首を掴んだ。


そのまま左肘を上にあげて右肘を下に下げ、ぐいっと右に腰をひねると、なんと男がバランスを崩してひっくり返った。


すごい……。


先輩の言う通り、本当に相手が倒れた……!

 
その隙に私は元の通路を走って逃げた。


あともう少しでビルの外に出られる!


そう思った瞬間、また男に腕を掴まれてしまった。


「あんた、見かけによらずやるね。

でも俺は、狙った獲物は逃がさないタチなんでね」


そう言うと男は、また私をビルの奥へと引き摺って行った。
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