ベルベット・エナジー
この憎たらしいデフォ羊。あろうことか、美琴の部屋の窓を割って侵入してきたのだ。
これは通報するべきか。したい。だがその不法侵入者が羊だと分かれば、警察は真っ先に美琴に冷たい目を向けるだろう。
常識外には対応しない。
子供遊びには、無反応。
所詮、大人はそんなものだと美琴はひねくれた考えに溜め息をつく。
とにもかくにも、今するべきはこの羊をどうするか、だ。
「迎えに来たよ、迎えに来たよ」
先程から何度この言葉を聞いたことか。
新手の嫌がらせだなと苛つきを募らせ、美琴は羊に手を伸ばす。
ひょいと軽く持ち上げれば、抵抗することなく羊は美琴の腕に収まった。
「ったく。どこの誰かの嫌がらせか知らないけど、ヌイグルミぶちこんで窓割らないでよね」
「ミコト、ミコト」
「名前まで知ってるし」
よくヌイグルミに仕込んだなと思うが、別段関心するほどでもない。
大方、小型スピーカーでも内部に仕込んであるのだろう。そこからあらかじめ録音したものを垂れ流している、といったところか。
なんにせよ、寒い。
窓割ることないだろ、窓を。
ずびびと鼻をすすりながら、美琴は羊の背中にあるはずのジッパーを手探りで探すのだった。