そばにいたこと
炒めた肉に水を足して、火の通りにくい野菜から先に入れていく。

「あとはたまにかき混ぜて、灰汁を取って、最後にルーを入れるだけだね!」

「なんかあっという間だな。」

「うん。」

君が心なしか寂しそうな顔をした。
僕は何故か、そんな君を抱きしめたくなった。

いつも明るい君が、ふとした瞬間に見せる寂しい顔。
僕は気付いていたのに。
どうしてもっと、君を知ろうとしなかったのだろう。


「あちっ!」

鍋をかき混ぜていた君が、声を上げた。

「どうした?」

慌てて近寄る。

「ん、ちょっとね、お湯が手に跳ねただけ。」

そう言って君が見つめる右手の甲は、うっすらと赤くなっていた。

「冷やさないと。」

僕は何も考えずに、思わず沙耶の手を取って水道を捻った。

「30秒このまま我慢だ。」

「ん。」

近すぎる距離で僕に触れられながら、君は素直に頷いた。
僕の方を見ようとしない君の、横顔が赤く染まっている。

初めて触れた君の手首は、折れそうなほど細かった。

この時すでに、僕は君を悲しませていたんだ。
愛することで、君に近づくことで。
君は、どうしようもない悲しみを、誰にも打ち明けられず、理解されないままで。
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