そばにいたこと
僕は紙皿と箸を置いて、代わりにミットとボールを手に取った。
誰にも見つからないように、ひっそりと輪の中から抜ける。
食べた後は花火大会だ。
みんなで、手持ち花火や打ち上げ花火をして、楽しむらしい。
それは激励会の意味も込めている。
だから、本当はいた方がいいのだけれど。
とても、僕はそんな気分になれなかったんだ。
合宿所は山の中腹にある。
だから、僕は一人でわき道に入っていった。
この間ランニングしていた時に見つけた空き地が、練習にぴったりなのだ。
それに今日は満月だから。
月の光に照らされて、少し明るい。
これならボールを見失うこともないだろうと、そう思った。
空き地で、軽くボールを投げたり取ったりを繰り返す。
僕がいつもやっている、ウォーミングアップだ。
少しずつ高い位置までボールを投げていく。
次第に、ボールがどこにいったのか分からなくなる。
でも、確実にミットに収める練習だ。
今日も、いくら満月とはいえボールはすぐに消えてしまう。
でもすぐに落ちてくるから、追いかけるのが難しい。
気付くと必死になっていて、僕のジャージは土だらけだった。
今日一番、高い位置まで投げてみた。
真っ直ぐ上に投げたはずなのに、いつまで経っても落ちてこない。
しばらくして、どこか遠くで物音がした。
もしかして、木に引っ掛かってしまったのだろうか。
ボールはたくさんあるけれど、あのボールは特別だった。
どうしても、探さなければならない。
僕はボールを探して歩き回った。
でもちっとも見つからない。
こうしている時間が、もったいなくて。
僕は焦った。
「春岡くん。」
だから、暗闇から急に声がして、僕は飛び上がりそうに驚いた。
そして、綺麗な放物線を描いて白球が僕の手の中に収まった。
「い、とう?」
月の光に照らされているのは、間違いなく君だった。
「なんでここに。」
「ごめん。」
本当はありがとう、と言いたかった。
それなのに、なぜか君を咎めるような口調で言ってしまったね。
君は小さくなって、僕に謝ったんだ。
「なんだか春岡くん、苦しそうに見えて。」
そう言われて、僕は何も答えられなかった。
そうなんだ。
好きで好きでたまらなかった野球が、責任を背負った瞬間におそろしく見えて。
なんだか急に、自信をなくしてしまった。
こうして練習することは僕にとって当たり前のことだったのに。
焦ってイライラしながらボールを探すなんて、今までの僕とは別人のようだった。
「邪魔してごめんね。じゃあ。」
去って行く君の背中が寂しげで、僕はたまらなくなった。
そして、思わず走って追いかけたんだ。
「伊藤!」
驚いて振り返った君に、またしても言うべき言葉が見付からなくて。
僕はしばらく、ひどくかっこ悪い沈黙を作ってしまったね。
だけど、そんな僕を見守る君の瞳が、見たこともないほど優しかったのを覚えている。
「もう少し、ここにいてくれないか。」
そして僕が選んだのは、そんな言葉だった。
君さえそばにいてくれれば、僕はいらだちも焦りとも無縁でいられる、そんな気がした。
「いいよ。」
そう答えた君の声は、やはりほんの少し切なかった。
余裕のない僕は、気付いてやることなんてできなかったのだけれど。
誰にも見つからないように、ひっそりと輪の中から抜ける。
食べた後は花火大会だ。
みんなで、手持ち花火や打ち上げ花火をして、楽しむらしい。
それは激励会の意味も込めている。
だから、本当はいた方がいいのだけれど。
とても、僕はそんな気分になれなかったんだ。
合宿所は山の中腹にある。
だから、僕は一人でわき道に入っていった。
この間ランニングしていた時に見つけた空き地が、練習にぴったりなのだ。
それに今日は満月だから。
月の光に照らされて、少し明るい。
これならボールを見失うこともないだろうと、そう思った。
空き地で、軽くボールを投げたり取ったりを繰り返す。
僕がいつもやっている、ウォーミングアップだ。
少しずつ高い位置までボールを投げていく。
次第に、ボールがどこにいったのか分からなくなる。
でも、確実にミットに収める練習だ。
今日も、いくら満月とはいえボールはすぐに消えてしまう。
でもすぐに落ちてくるから、追いかけるのが難しい。
気付くと必死になっていて、僕のジャージは土だらけだった。
今日一番、高い位置まで投げてみた。
真っ直ぐ上に投げたはずなのに、いつまで経っても落ちてこない。
しばらくして、どこか遠くで物音がした。
もしかして、木に引っ掛かってしまったのだろうか。
ボールはたくさんあるけれど、あのボールは特別だった。
どうしても、探さなければならない。
僕はボールを探して歩き回った。
でもちっとも見つからない。
こうしている時間が、もったいなくて。
僕は焦った。
「春岡くん。」
だから、暗闇から急に声がして、僕は飛び上がりそうに驚いた。
そして、綺麗な放物線を描いて白球が僕の手の中に収まった。
「い、とう?」
月の光に照らされているのは、間違いなく君だった。
「なんでここに。」
「ごめん。」
本当はありがとう、と言いたかった。
それなのに、なぜか君を咎めるような口調で言ってしまったね。
君は小さくなって、僕に謝ったんだ。
「なんだか春岡くん、苦しそうに見えて。」
そう言われて、僕は何も答えられなかった。
そうなんだ。
好きで好きでたまらなかった野球が、責任を背負った瞬間におそろしく見えて。
なんだか急に、自信をなくしてしまった。
こうして練習することは僕にとって当たり前のことだったのに。
焦ってイライラしながらボールを探すなんて、今までの僕とは別人のようだった。
「邪魔してごめんね。じゃあ。」
去って行く君の背中が寂しげで、僕はたまらなくなった。
そして、思わず走って追いかけたんだ。
「伊藤!」
驚いて振り返った君に、またしても言うべき言葉が見付からなくて。
僕はしばらく、ひどくかっこ悪い沈黙を作ってしまったね。
だけど、そんな僕を見守る君の瞳が、見たこともないほど優しかったのを覚えている。
「もう少し、ここにいてくれないか。」
そして僕が選んだのは、そんな言葉だった。
君さえそばにいてくれれば、僕はいらだちも焦りとも無縁でいられる、そんな気がした。
「いいよ。」
そう答えた君の声は、やはりほんの少し切なかった。
余裕のない僕は、気付いてやることなんてできなかったのだけれど。