そばにいたこと
僕はそばにあった大きめの石に腰掛けて、ボールを地面に置いた。
沙耶の方を見ると、少しだけ戸惑ったような表情で、でも同じ石に座った。

どうしても話したいことがあったわけではない。
でも、僕はこの満月の下、君と語り合いたかった。

焦った心を鎮めるために、と言ったら君に失礼だね。
でもそのくらい、君が僕にとっては、かけがえのない存在だった。

「春岡くんって、」

「うん。」

「本当に努力家だよね。」

人にそんなふうに言われたのは初めてだった。
僕は常にクールに振舞ってきた。
だから、誰もいないところでしか努力なんてしてこなかったんだ。

「そう?」

「うん。」

月の光で、君の目はキラキラと光っていた。
僕が思わず、ドキッとしてしまうくらいに。

「みんなね、春岡くんのことかっこいい、って言う。クールだから、かっこいいって。いつも余裕だって。……だけどね、私。……それはちょっと違うと思うんだ。」

「え?」

随分ひどい事を言うんだな、と思って僕は苦笑いしながら君を見た。
でも君は、真剣な表情で続けた。

「春岡くんがかっこいいのはね、クールだからじゃないの。……なんていうか、上手く言えないんだけど。」

否定されたのがかっこいい、というところではなくてひとまず安心する。
そして、君は真剣だということにも気付いた。

「春岡くんは、クールなんかじゃない。余裕でもなくて。いつも、一生懸命だからかっこいいんだよ。苦しいことも、苦しい顔ひとつしないで、誰にも頼ろうとしないで、ひとりで闘ってるから。だからかっこいいの。」

僕はその言葉に、感動した。
僕はちっとも、沙耶の言うようなかっこいい男じゃない。
だけど、沙耶の言うとおり、僕はクールじゃないし余裕もない。

「だけど、春岡くんを見てると……」

そこで沙耶が声を詰まらせた。
僕は驚いて、沙耶を見つめる。
君は、両手で顔を覆っていた。
まるで、僕に涙を見せまいとするかのように。
あの放課後、君は確かに涙を流していたんだと、この時確信した。

「ごめん、何でもないの。気にしないで。」

そう言って、君は静かに涙を流し続けたね。
僕は呆然と、君を見つめていることしかできなかった。

「君は、何を抱えているの?」

気付いたら上ずった声で、そんなことを口走っていた。
けれど、その問いに君は答えるはずもなく、小さく首を振っていたんだ。

そのまま、長い時間が過ぎた。
下の方でずっと聞こえていた花火の音も、騒ぎ声も遠のいていく。
そろそろ戻らないと、そう思った。
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