そばにいたこと
君と肩を並べながら、暗い山道を下っていった。

そういえば、さっきは彼女がひとりでこんな道を登ってきたんだと思うと、僕はたまらなくなった。

隣にいる君が、今どんな表情をしているのか知りたい。
何か大きなものを抱えている君が、どうしたら幸せになれるのか知りたい。
そして、僕では幸せにできないのか、聞きたい。

一日目に、食堂で君が言ったこと、僕はショックだったんだ。

――「春岡くんは私なんか相手にしないよ。」

という言葉。

君に、自分のことをそんなふうに言ってほしくなかった。
それに、僕が相手にしないなんて、あんまりだ。
君は僕が、今まで生きてきて初めて好きになった女の子だというのに。


「あのさ、伊藤。」

「なに?」

さっきまでの涙は忘れたように、君が優しい顔で振り向く。
言葉を探すのはもうやめよう。
今僕が伝えたいことを、そのまま口にしたら、どんな言葉になるだろうか。

「このまま、マネージャー続けないのか。」

「え?」

「お前、マネージャーになりたいって言ったろ?最初の自己紹介で。」

それを聞いて、君の顔は一瞬輝いた。
でも、すぐに曇ってしまった。

「ごめん、続けないよ。今回は、人が足りないからってたまたま声かけられたから。」

「じゃあ、僕が続けてって言ったら?続けてほしいって。君に。」

「ごめん、それでも……春岡くんの頼みでもできない。」


そう答えた君の声は消え入りそうだった。

君を追い詰めていることに、僕は気付いていた。

でも、どうしても。

君を縛るものが何なのか知りたくて。

だって、料理の時あんなに楽しそうな顔をしていたのに。
タイムを測るのだって、あんなに生き生きと、部員一人一人に元気に声を掛けてくれて。


「理由、聞いてもいい?」

「ごめん、教えられない。」


即答されて僕は、少なからずショックだった。
沙耶が謝る度に、僕はダメ押しされている気持ちになった。


「じゃあ、それはいいとしよう。だけど……僕が君のこと相手にしないなんて、いつ言った?」

「え?」

怒ったような口調で言った僕の、一体どこがクールだというのか。
もうプライドなんて要らなかった。
君の一言をずっと気にしているよりは、口にしてしまった方がいいと思った。

「僕は君のこと、」

「やめて、それ以上言わないで!」

「君のことが、」

「やめてって言ってるでしょ!」

怒ったように君が言った。
僕は、初めての告白を遮られて、なんとも悲しい気分になった。

「ごめん……。」

君はうつむいてつぶやくように言った。

こうして僕は、沙耶にフラれた。

正直、意味が分からなかった。
最後まで言わせてくれてもいいじゃないか、と思った。
でも、フラれたものは仕方がない。
僕は低い声で、そうか、と一言つぶやいた。
それが、精一杯だった。
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