そばにいたこと
どれくらい経っただろうか。
夕陽が沈んで辺りが暗くなるまで、ライトに照らされたグラウンドを見つめていた。
そんな僕と同じ瞳をした君は、いつまでもいつまでも隣にいてくれたね。

夏の終わりを告げるような、涼やかな風がどこからともなく流れてきて、僕はやっと我に返った。

「伊藤、すまない。こんなに遅くまで。」

君を初めて振り返ると、少しだけ驚いたような顔で、それでも微笑んでくれた。
君の微笑みは同情には見えなくて。
ただどこか、心の端がきゅっと握られたような、そんな気持ちになる表情だった。

「ううん。」

凛とした声はほんの少し掠れていた。


「伊藤は……」

「なに?」


尋ねたいことがあって、でも僕は口を噤んだ。
いつも僕が何かを尋ねても、君は訊かれることを拒んでいるようだったから。
僕よりも悲しい目をしている君が、一体何に苦しんでいるのか、そんなこと訊けるはずもなくて。


「いいよ、春岡くん。」

「え?」


君は切なげに笑った。
僕が今まで見たなかで、一番綺麗で、悲しい表情だと思った。


「私いつも逃げてばかりで、春岡くんにはひどいことばっかりして。……だから、知りたいこと訊いていいよ。」

「いや……。」

「ほんとはね、私、嬉しいの。どんな小さなことでも、春岡くんに興味を持ってもらえたら、それだけで嬉しいの。」

切実な声で君が訴える。
その言葉の意味を十分に理解できないまま、僕は疑問を口にした。


「君は……何を抱えているの?」


僕が一番訊きたかったこと。
あの合宿の日に君に尋ねて、答えてもらえなかったこと。


「私……」


君は長い睫毛をそっと伏せた。
真っ暗な教室で、君の表情はよく分からない。
でも、きっとどこまでも悲しい瞳をしていたと思う。


「私ね、もうすぐ死んじゃうんだ。」


「え?」


あまりに予想外の答えに、僕は言葉を失った。


「どう、し、て、」


「病気なの。ガン、なの。」


「ガン……」


でも彼女は、こんなに元気じゃないか。
活発ではないにしても、いつも楽しそうに笑っているじゃないか。


「ガンなんて、摘出すれば治るんだろ?」


半ば投げやりに発した言葉で、君は打たれたような顔になった。
今にも泣きそうに表情が歪む。


「いや、なの。」


「え?」


「手術したくないの。」


「何で……」


僕はただ、疑問に思った。
手術しさえすれば、もっと生きられるかもしれないのに。
病気と闘いながら生きている人だっている。
なのに、手術を拒むなんて……。


「春岡くん。」


「なに?」


「私ずっと悩んだの。でも……でもやっぱり、」


「だから、何でだよ!」


苛立つように声を上げた僕は、君を極限まで追い詰めてしまったことに気付かなかった。
君は君なりの結論を出していたのだから。
それなのに。


「どうしても、いや、なの。」


小さくなった君を見て、僕ははっと後悔した。
分かってたんだ。
君のためを思っていたのではない。
僕は、僕のことしか考えていなかった。

ただ、この世界から君が消えてしまうことが、何よりも恐ろしくて――
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