そばにいたこと

束の間

「春岡くん。」

甘えたような声で君呼ばれるたびに、僕は愛しい思いでいっぱいになった。

「伊藤。一緒に帰ろう。」

「うん。」

校舎を出て、北風の吹く通りを歩く。
僕は長めのコートを着ていて、君は短めのコートで。
すらっと綺麗な足が北風に晒されているのが、僕には気の毒に思えた。

さりげなく手を取ると、氷のように冷たい。
僕は自分の手で、彼女の小さな手を包み込んで、さらにコートのポケットに滑り込ませる。

「あったかい。」

「あったかいな。」

小さな君を抱きしめたくて仕方がない。
この壊れそうで繊細で、今にも消えてしまいそうな彼女を、強引でも構わない、僕がこの手で――

苦しいくらいにはやる心を抑えながら、僕は祈る。

どうか彼女が消えてしまいませんように、と。


「春岡くんは、いつから私のこと好きになってくれたの?」

「一番最初からだよ。入学式の日、君は道に迷ってただろ。あの時から、ずっと。」

「ふうん。なら私の勝ちだ。」

「え?」

「私の方がずっとずっと前から、春岡くんのこと好きだったんだよ。」

「そんなわけないだろ。4月より前に会ってたら、僕は君を好きになってたはずだから。」

「ううん。私、春岡くんに会ったことがあるんだよ。覚えてないと思うけど。」

「嘘だ。」

「ほんと。」

「嘘だって。」

「ほんとだよ。」

何だか自信ありげな君は、それがいつだったのかとか、どこでとか、何ひとつ教えてくれようとはしなかった。

僕は何だか腑に落ちない気持ちで。
でもとても嬉しくて。

ポケットの中の君の手を、ぎゅっと握ったんだ。
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