そばにいたこと
僕は毎日沙耶の家を訪ねた。
そして毎日追い返された。

沙耶に会わせてほしいと言った。
しかし、沙耶はここにいないの一点張りで。

あの頃の僕は惨めで、そして悲しかった。
野球を失った僕が、ひとつだけ手に入れた沙耶という存在。
でも、その沙耶が僕の手の届かない場所に行ってしまう恐怖に押しつぶされそうで。

会わせてくれない理不尽さよりも、会えない悲しみの方がずっと大きかった。


「沙耶。」


何度も呼んだ。


「沙耶。沙耶!」


呼んでも呼んでも、君はいない。
この世界には確かにまだいるはずの君。
それでも、会えない日々が続くほどその存在は不確かなものになりつつある気がした。


――「春岡くんは、クールなんかじゃない。余裕でもなくて。いつも、一生懸命だからかっこいいんだよ。苦しいことも、苦しい顔ひとつしないで、誰にも頼ろうとしないで、ひとりで闘ってるから。だからかっこいいの。」

君は言っていたね。
僕はかっこ悪い男だよ、沙耶。
君がいないだけで、僕を貫く一本の軸が、大きく傾いてしまったような感覚に陥るんだ。
僕は君を守ると言った。
でも僕は、君を守るどころか。
君がいないとこんなにも取り乱してしまうんだ。

――「だけど、春岡くんを見てると……」

あの後、君は何を言おうとしていたのかな。


苦しい、かな。
悲しい、かな。
もしくは、痛々しいと言いたかったのか。

それとも君は、僕の姿を通して、自分の姿を見つめていたのかな。

誰にも頼ろうとしないで、一人で闘っている。

そう、それは僕の姿でもあり、君の姿でもあったんだ。


君は一体、いつから耐えていたの?
逃れようのない運命と、行き場のない悲しみを、一体どうやって。
その小さな体の中に、押し込んでいたの?


会いたいよ、沙耶。


一目でもいい。


できたら、ただ、思い切り抱きしめてやりたい。


君は一人でないと、そして僕も


ひとりじゃないんだと――
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