そばにいたこと
気付いたら朝だった。

君の手を握ったまま、椅子の上で前かがみになって眠ってしまったらしい。

体中が冷え切っていて、起きようとすると節々が痛い。

僕は思わず、呻いてしまった。


すやすやと眠る君の横顔を見つめる。


夢でも、嘘でもない。

今日のこと、これからのこと、すべてがあまりにも不安で。



ガラッとドアが開いて、慌ただしく看護師さんが入ってくる。



「もう出ていてくださいね。」



気の毒そうな顔でそう言われて、僕は病室から出るしかなかった。

眠っている君の手を、最後に強く握って。

掛ける言葉なんて、何もなくて。



僕は、病室から出て、それからロビーの椅子に座って、それから、それから、……。



何もできずにただ、待っていた。



そして、ストレッチャーに移されて運ばれていく君に気付いて。



僕はゆっくりと、近付いた。





「……さ、や、」





頑張れ、とか大丈夫だ、とか。

色んな言葉が浮かんでは消えた。

結局僕が発することができた言葉は、たったそれだけだったんだ。





君は、大きな目で僕を見つめて、そして、精一杯に微笑んで見せた。





微笑み返すことなんてできなくて。

そんな僕を、君は、愛しげに見つめて。





ストレッチャーは、止まることなく進んでいった。






「沙耶!!!!!」






我に返った僕が叫んだのは、君が手術室に入った後だった。

僕の声は、きっと君に届かなかっただろうね―――――





手術中のランプが点いて、僕は途方に暮れたように廊下に佇んだ。





もう、僕にできることは何もなかった。

ただ、君の無事を祈ることしか。
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