そばにいたこと
沙耶が剥いたジャガイモを、二人で分けて切った。
あっという間に下ごしらえが終わってしまう。

「もうカレー煮込みはじめてもいいですか?」

「沙耶たち早いね!いいよ!もうすぐご飯も炊けるし。」

「はーい。」

本当に楽しそうに、君が笑う。
君のこんなに楽しそうな顔、見たのは初めてだ。
いつだって君の笑顔は輝いているけれど、その笑顔の中に、どことなく寂しいような、諦めたような表情を僕は感じていたから。

「じゃあ春岡くん、このおっきい鍋で煮込むよ!」

「ああ。」

君が両手で抱えてきた鍋の大きさに思わず笑ってしまう。
そしてその鍋を僕が受け取って、スポンジでごしごし洗う。

「ありがと。……もう火つけたよ。」

「はいよ。」

鍋を軽く拭いてから火にかけた。

「先にお肉を炒めて、と。」

てきぱきと動く君に見とれながら、あの時の僕は幸せだった。
何も悩みなんてなくて。
そんな僕とは別次元のものを君が抱えているなんて、思いもしないで。

ただ、君がそばにいたこと、それだけで僕は幸せだったんだ――
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