嫌魔


「そうなんだ。なんか、えらいね」
「おお兄ちゃんこそ、なんでえ、ここいるですか?」
「え、おれ?」あわてて考える。「その、おれ、この町がこうなったとき、家出している途中だったんだ。いま、この町を出たら、きっと救助隊とかに助けられて、検査を受けて、そのあとたぶん家族のもとに連絡されるだろう。それが嫌だったから、この町にとどまることにしたんだ。」


まあ、一部は嘘じゃない。


「お兄ちゃん、逃げていったあひと達みたいに、気分が悪くはないですか?」
「いや、何ともないよ」
「わたしもです。何ともないです。不思議です」


少女はポテトチップスの袋を開けて、中味を少し食べると、もじもじと恥ずかしそうに言った。
「お兄ちゃん、あの、よかったら、わたしといっしょに暮らしてくれないですか?」


いきなりでびびった。


おれは目を丸くして、無言で少女を見下ろした。


少女はつづけた。
「この町こうなってから、わたしずっとひとりでえ、生活してたです。でもわたしまだ小さいから、わからないことがいっぱいです。だからあ、いま、お兄ちゃんに会えて、すごくほっとしているです。お願いです。わたしといっしょに暮らしてくださいです」


手を、握られた。


おれは迷い、考えて、答えた。
「いいけど」念のために、聞いた。「おまえ、その、いま気分悪くないの?」
少女は首をかしげた。
「はい」
「そうか」


いったいどうなっているのだろう。なぜこの娘は、嫌魔の影響を受けないのか。


そのあと、少女は自己紹介をした。


「わたしの名前はあ、倉島利美です」




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