彼が虚勢をはる理由
すぐ目の前には、金色の伸びた前髪から覗いてくるニヤニヤ笑いの夏野君がいて、右を向いたら夏野君の左腕があって、左を向いたらロッカーがあって、後ろには壁があって。
……ようやく私には、逃げ道が無いって事が理解出来た。
――要するにコレは、最近ラブコメとかで話題の“壁ドン”ってヤツで、私と夏野君は超至近距離で。
その距離の無さに、金髪から覗いてくる真っ直ぐな目に、今更ながらドキドキが止まらなくなってきた。
…落ち着け! 落ち着くんだ私! じゃないと、考えられる事も考えられなくなるぞ!
「星崎は、何で俺の腕を掴んだの? 何も考えずにやった?」
夏野君のニヤニヤ笑いが一瞬だけ悲しそうな表情になったけど、すぐにまたニヤニヤ顔に戻る。
「それとも、俺をドキドキさせて、実際には反応を楽しもうとした? 残念でしたー、俺はそんな事じゃ……」
「それは違う!」
思わず大声で言って、夏野君が少し怯み、私と夏野君との距離が少し開いた。
逃げようと思えば逃げる事も出来ただろうけど、私は何故かそれをしなかった。
「じゃあ何?」
夏野君が再び、私との距離を縮めてきた。
さっきより距離は縮まって、もはや目を逸らす事すら出来なかった。
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