彼が虚勢をはる理由
数えてみたという物好きなクラスメイトによると、夏野君は平均的に、五回声をかけると気付くらしい。
しかし逆に言えば、五回も声をかけないと気付かないというのは、……何というか、尋常じゃない。
また夏野君は、放課後は誰よりも早く帰るようになった。
HRが終わって一分もすると、既に教室に居ない事が多くなった。前はもう少しは長い時間残ってて、他のクラスメイトと冗談とか言い合っていたのに。
そしてハルや舞子に言わせると、変わっちゃったのは夏野君だけでは無いらしい。
どうやら、私もボーッとしてる事が増えたらしく、声をかけてもなかなか気付かなくなったようだ。
…自分では、そんなつもりは無いんだけどなぁ。確かに考え事をする事は増えたけど。
黒板の前で問題の解説を続ける現代文の先生の目を盗んで、冬服に代わったばかりの制服からケータイを取り出す。
そこには夏休みに、従姉妹の紅実ちゃんと一緒に行った夏祭りで買った、“縁結びに御利益がある神社”の恋愛運の御守りが付けてあった。
ピンク色の小さな、可愛らしいストラップ。
思わず頬杖をついて眺めると、後頭部に付けた蝶の飾りの簪が、シャランと揺れて鳴った。
それと同時に、授業終了のチャイムが聞こえた。
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