【完】そろり、そろり、恋、そろり
車の中では、何を話したらいいのか分からなくて、沈黙が続いていた。


前をまっすぐ向いて運転している拓斗君も、特別何か話をする様子もない。慣れない状況に、ドクドクといつもより強く打っている心音ばかりを自分では感じ、彼に聞こえてしまうんじゃないかと不安に思った。窓の外を見たり、運転する拓斗君をチラチラと気にしてみたりと、とにかく落ち着かない。


「……そういえば、ご飯はどうしますか?買い物も大変だと思うんですけど」


あっと声をあげて、沈黙を破ってくれたのは拓斗君だった。ご飯か……食事のこと考えて転倒したことを思い出してしまい、少し気分が沈んでしまった。でも、そのことを彼は知らないわけで、出来れば知られたくない。


買い物する気分にもなれない。冷凍している分と、朝から作り置きしていた分で今日はどうにかなりそうだから、よかった。


「あー、今日食べる分はあるから買い物も大丈夫かな」


「そうなんですね。けど、ちょっとスーパーに寄ってもいいですか?俺のご飯買いたいんで」


そうか、私は良くても彼が買い物の必要があるのか。私を連れているせいで、ゆっくりと買い物も出来ないだろうし、バタバタと惣菜だけ買ってそうな気がする。本当に迷惑かけちゃってるんだなって、痛感する。


それならば……自宅の冷蔵庫の中身を必死に思い出した。うん、大丈夫そう。


「だったら、私の部屋に食べにくる?2人分くらいなら、ある分でなんとかなると思うけど」


「……え?麻里さんの部屋ですか?」


それで彼の負担が減るのならと、それだけしか考えずに発言した後に、ハッとした。何も考えていなかったけれど、急に誘われたら戸惑うよね。しまったと思ったけれど、言ってしまったからもう手遅れ。時間でも巻き戻さない限り、取り消すのは不可能。
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