【完】そろり、そろり、恋、そろり
もごもごと口を動かして何か話そうとしているけれど、すぐに口を閉じてしまい、肝心の言葉は中々出てこない。


どうしたんだろうと、私は彼の様子を眺める。私から何か話しかけるべきではない。なぜかは分からないいけど、そんな考えが脳裏を過ぎった。だから、ただ待とうと思う。


少しの間、難しい顔をしたまま、何か考え込んでしまった。彼のそわそわが移ってしまったようで、私まで落ち着かなくなってきた。


「あの……麻里さん」


「どうしたの?」


ようやく言葉を発したと思ったら、呼ばれただけ。それじゃあ、私は何も分からない。彼を促すように問いかけた。


「……連絡先教えてもらってもいいですか?えっと、ほら、今日みたいな時、気軽に連絡を取れる手段があればいいなって。よければですけど」


最後の方はとても小さな声だった。よければなんて……喜んでな申し出だよ。ただの隣人としての付き合いに満足できていないことなんて、もうとっくに気付いている。だから、素直に答えると私も知りたい。


「よければというか、是非教えて」


ポケットからスマホを出しながら答えると、拓斗君はホッとしたように笑った。あっ、今の可愛いな。男の人相手に可愛いは失礼だろうから、その言葉はぐっと堪えた。


「……よかった。って、ちょっと待ってください。俺のスマホは……あれ?」


ポケットを探っても出てこないのか、胸ポケット、パンツのポケットと同じところを何度も繰り返し触っている。そして、部屋の中をキョロキョロと見回し始めた。


あっ、という顔をしたと思ったら、バタバタとキッチンの方へと駆けていった。きっとどこに置いたのか思い出したんだろう。


戻ってくるときも、随分と慌しかった。そんなに慌てなくてもいいのにと思ったけれど、可愛いからもっと見ていたいという気持ちが勝ったのでやめた。


「すみません、お待たせして。えっと赤外線でいいですか?」


「うん、大丈夫だよ。私が受信するから拓斗君から送って」


「ちょっと待ってくださいね」


私は画面をタップして、いつでも受信できる状態にして、待機した。






……けれど、彼は一向に準備が出来ないようだった。あれ?と何度も言いながら、難しい顔をしたままずっとスマホを操作している。


そんな様子から不慣れなことが分かる。正直、意外だなって感じた。
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