【完】そろり、そろり、恋、そろり
「……大丈夫?」
「ちょっと待って下さい。滅多に使うことのない機能なので、自分の情報がどこに入っているか分からなくて」
「……意外だね。こういうこと慣れてるのかと思ってた」
「慣れていませんよ。てか、麻里さんにそんな風に思われていた事がショックですよ。慣れてたら、連絡先聞くのにあんなに緊張したりしませんから」
私が正直に漏らした言葉に、彼は怪訝な顔をした。眉間には皺がよってムッとしている。
「確かに、それもそうだね」
「というか、それを言ったら麻里さんこと手馴れすぎじゃないですか?どっちが受信でとかパパッと指示出しちゃってるし」
「あー、だってうちはバイト生の入れ替わりが度々あるから。お店で2番手だから、連絡先を把握しておく必要があるのよ」
「……すみせん、なんか変なこと言って。女々しいですよね、今みたいな発言。あーあ、麻里さんの前では格好良くいたかったんですけど、やっぱりボロが出ちゃいますね」
今のはどういう意味だろうか。“嫉妬した”という風に捕らえてしまうんだけど。これは自分自身に都合のいい解釈をしようとしているだけなのか、期待してしまう。
「私は、偽った姿じゃなくて、本当の拓斗君で接してくれるほうがありがたいよ」
「そう言ってもらえるなら、頑張り過ぎないようにします」
開いている左手で頭をぽりぽりと掻きながら、彼はへらりと笑う。
「もうちょっと時間ください。確かここでいいはずなので……」
そう言って、再び画面へと視線を落とした。学生の頃から当たり前に携帯を持っていた世代のはずなのに、全然扱いきれてない感じが可愛いくて微笑ましい。私が呑気に構えていると、拓斗君が「あっ」という声をあげた。
「見つかった?」
「はい、ありました、ありました。……あっ、送信ボタン押しちゃいました」
慌しく既に送信準備が整っているらしいスマホを私に向けて差し出してくる。
今度こそ旨く連絡先を交換する事ができた。拓斗君はなぜか受信だけはスムーズに出来ている。
電話帳を開いて確認すると、『大山拓斗』という名前が表示されていた。
「ちゃんと登録されたよ」
「よかった。……俺、明日まで休みなので困った事があればいつでも連絡してください」
「気遣ってくれてありがとう。じゃあ、今度こそ帰ることにするね。今日はごちそうさまでした。またね」
別れを告げて、隣の自室へと帰ることにした。