【完】そろり、そろり、恋、そろり
第5章.202号室【住人:瀧本麻里】

彼の決意と彼女の行動 side:T

「お疲れ様です」


今日のリハ業務を終えて、覇気のない声で挨拶をしながら、スタッフルームへと戻った。俺よりも先に戻っている人が多かったらしく、既にスタッフルームにいた人たちから返事がくる。


本当に今日は疲れた。介助量の多い患者さんが増えたから、最近は身体的に疲弊する事が多い。今日はさっさと帰ろうと決め、カルテ記載に取り掛かった。


黙々と取り組んだお陰で、終業時刻を10分過ぎたくらいには、仕事を終えることが出来た。


荷物を片付ける前に何気なくスマホを確認すると、麻里さんから連絡がきていた。その内容に、疲れが吹っ飛んだ気がした。仕事復帰の旨と世話になったお礼に食事を作ったから一緒に食べようという内容の連絡だった。


「大山……何にやにやしてんの?」


「お前鏡見てみろよ。今の顔気持ち悪い」


人がうきうきと、そしてせかせかと行動しているというのに、邪魔をしてくるのは同期2人。ストレートに失礼な言葉を投げてくる。けれど、もう長い付き合いになるこいつらのこんな言葉には、いちいち構っているほうが時間の無駄だと知っている。無視は無視でまた絡まれるから、適当に触れてさらっと流すのが正解。


「うるせーよ。俺急いでるから邪魔するなよな」


こんな扱いだから、俺も負けじと2人を邪険に扱った。このくらいのやり取りはいつものこと。


「急ぎって……分かった、デートだろ。例の人と」


「例の人って何だよ」


俺の言葉にピンと来たらしい池田が、楽しそうに質問してくる。池田の言葉に隣にいた香坂が驚いた顔をしている。……そういえば、香坂に話をするのを忘れていた。


「悪い、お前には話すの忘れてた。けど、今は時間ないから池田に聞いておいて。ということで、池田よろしく」


「俺は構わないけどさ、今どんな状況なんだよ」


今の状況か……今日が踏ん張り時だと思う。


「これから勝負してくるよ」


言葉に出す事で決意がより強い物になった気がした。出来れば想いを伝えたいという気持ちが、絶対に今日にしようという気持ちに変化した。


「そっか、頑張ってこいよ」


本気が伝わったのか、俺の言葉に優しく労いをくれる。隣で香坂が訳が分からないという顔をしているけれど、今は構っている暇はないからすべて池田に託すことにした。


「じゃ、行ってくる」


そう言って、同期2人に別れを告げ、スタッフルームを後にした。決意を持って彼女の元に向かう足取りは少しだけ重い。
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