【完】そろり、そろり、恋、そろり

彼女の心 side:M

私から今日の予定を提案したというのに、ずっと拓斗君のペース。思っていたものと違うし、まだまだ不安はあるけれど、私にとって嬉しい出来事になったから、よかったと思う。


キスを交わした後、2人して照れてしまい、なんとも言えない空気を味わう結果となってしまった。けれど、いい歳をして何をやってるんだと可笑しくなって、2人顔を見合わせて笑った。


それから少し話をして、明日も仕事だからと拓斗君は帰っていった。





……だめだ。目が冴えてしまって眠れそうにない。1人ベッドの上で、この部屋で起こった出来事を思い出す。


私の頭を占拠している張本人である拓斗君は、きっと壁を一枚挟んだだけの部屋で既に眠っているのだろう。


今日、今日、と言っているが、正確には昨日の出来事。随分前に、日付は変わってしまっていた。


帰り際に「また連絡する」と言われ、数分後には宣言どおりに連絡がきた。スマホを起動させると、そのままの画面にしてあって、それを見るたびニヤニヤと気持ちの悪い顔をしっぱなしだ。


拓斗君の告白を一度は断ろうとしたことをついつい忘れてしまいそうになる。本当はこんなつもりなかった。


彼に伝えた通り、終わる事に恐怖を感じていた。この歳で始めた恋が終わったら、もう自分は恋愛から遠ざかってしまうんじゃないかって。


彼との縁を大事にしたいと思えば思うほど、恐怖は増していく。その不安を払拭はしきれなくても、拓斗君が軽くしてくれた。


彼を信じてみようと思う。この人って思った自分の直感を信じてみようと思う。


うじうじと悩むのはもう終わり。


拓斗君と付き合うことになったんだ、自然体で楽しむことにしよう。





――カチカチカチ


考え込む事をやめ、もう寝ようと目を閉じた。頭の中が静かになると、時を刻む音だけが聞こえてくる。布団の中で、その音だけに耳を傾けた。


規則的な音が眠りを誘う。急に襲い始めた睡魔に、身を委ねることにした。


「おやすみなさい」


誰に言うわけでもないけれど、声にならない声でぼそりと呟く。どうか、夢じゃありませんように。
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