【完】そろり、そろり、恋、そろり
迷惑なんだけど、と拒絶の言葉を発しようとしたけれど、直前で何とか飲み込んだ。ある人物の登場に、俺の動きは完全に停止した。来店時と今、本日2度目の停止。


「……お客様、大変お待たせしました。個室が空きましたので改めてそちらにご案内します」


女性客のテーブルと、俺たちのテーブルの間にさっと身体を滑り込ませ、俺達に向けて発された言葉だった。


……って、え?個室って何のことだ?


疑問に思ったけれど、とにかく今はこの険悪になりかけていた空気を壊してくれたことに感謝。


「グラスとおしぼりはこちらで運びますので……」


さっとおぼんを持って現れたのは、瀧本という名前らしい店員さん。俺たちに説明するわけでもなく、ちゃかちゃかと料理を乗せたお皿以外をお盆の上に乗せていく。乗せ終わると、「こちらです」とすごく自然な仕草で俺たちに背を向けて歩き始めた。


俺たち3人は、どうしようかと顔を見合わせた。ここに居ても面倒臭そうな子たちに絡まれるだけ。だったら……香坂、池田も同じことを考えたらしい。目が合うと、ほぼ同時にコクリ頷いた。


俺たちは無言のまま、自分の料理皿を持つと、店員の後を追った。彼女に着いて行く方が、俺たちにメリットが多い気がする。いや、ここよりは絶対にいいと確信した。


ピンと背筋を伸ばしどんどんと進んでいく彼女に着いていくと、さっき言っていた通りに個室へと到着した。


――コトっ


テーブルに俺たちのグラスを置くと、俺たちに入るように促した。


「……こちらを使って下さい。ここなら邪魔は入りませんので」


そう言って彼女、瀧本さんはニッコリと笑った。……つもりなんだろうけど、面倒事は止めてくれと顔にはっきりと書いてある。すごく正直な人だよな。それでも周りがしっかり見えているところとか、俺たちに色目を使うどころか一切目が笑っていないところとか、俺的には逆に好印象。


きっと彼女にとったら、俺たちみたいな客自体が面倒な存在なんだろう。いい気にはならないことのはずなのに、可笑しくなって、フッと笑ってしまった。


そんな俺の様子に彼女は気づいたようで、不思議そうに首を捻っていた。


その様子がまた可笑しかった。


「……ありがとうございます」


笑いを堪えきれないまま、とりあえずお礼を言った。


一瞬きょとんとしたものの、彼女はまた営業用だろう笑顔を貼り付けて、さっと振り向いて去っていった。


あーあ、残念。話したいし、彼女のことをもっと知りたいと思ったのに。

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