【完】そろり、そろり、恋、そろり

初めての夜 side:M

自分から言ったのに、いざ泊まる事になると緊張が高まってしまう。彼が努めて落ち着かせようとしてくれたから、少しはマシになっていたのに。それなのに……


ゆったりとした時間が終わってしまい、入浴を済ませた彼と入れ替わるように今度は私が浴室へと向かう。どうしよう、またというか先程まで以上に緊張してしまっている。


湯船にゆっくりと浸かりながら、この後のことばかり考えてしまう。付き合って初めてのお泊り。やっぱり、そういうことになるよね。


アラサーにもなって、何に緊張しているんだと思うけれど、緊張するものは緊張する。恋愛自体から遠ざかっていたから尚更かもしれない。どうも落ち着かない。


いつもはもっと短時間で入浴を済ませてしまうけれど、今日は念入りに体を洗って、いよいよかと思うと緊張して長風呂になってしまっていた。


少しでも良い状態でいないと、拓斗君をがっかりさせてしまうかもしれない。1つしか歳が変わらないとはいえ、30が近くなればどうしても色々と衰えてしまう。若い子に対抗できないってことは重々承知している。だから、不安になる。


「さすがに逆上せちゃいそう……」


浴室では思ったよりもエコーが効いて声が響いてしまった。お風呂からあがれずにいるけれど、そろそろ身体が限界を訴えている。身体と顔が火照って、ボーっとなってきてしまった。それに、あまりにも長くなると拓斗君が気にしてしまうかもしれない。


……覚悟を決めよう。


今度は声には出さず、心の中で呟いて立ち上がり、浴室を後にする。





袖を通すのは、自宅から持って来たパジャマ代わりのシャツワンピース。そして、下着は新しいものを持って来た。この日の為に購入したわけではないけれど、全く意識していないかというと嘘になる。


拓斗君と出会ってから、自分を磨こうという意識が高まった時に、洋服や下着とか身に付けるものもいくつか購入していた。いつ卸そうかとタイミングを図っていたら、今日になってしまった。納得のいくものが揃っていて、ホッとした。


「……よし」


声を出して背中を自ら押した。ドアをゆっくりと空け、彼の元へと歩いていく。出来るだけ、平静を装って。
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