【完】そろり、そろり、恋、そろり
「まずは、肩がどこまで上がるのか見せて下さい」


そう言いながら、拓斗君は自分に両腕を上に挙上した。彼の動きの真似をして私も両腕を上にあげてみる。自分ではあんまり意識した事がなかったけれど、拓斗君と比べるとあんまり上がっていない気がする。ゆっくりと腕をベッドの上に降ろすと、真剣な眼差しの拓斗君が再び口を開く。


「そのまま力を抜いていてもらってもいいですか?」


すぐ傍にいる拓斗君に緊張して、身体に力が入ってしまう。抜いてと言われても、力を入れているつもりなんてないのに、どうすればいいんだろう。


「ちょっとゆっくり深呼吸してください」


私の左腕を両腕で下から掴むように支えながら、ベッドから少しだけ浮かせている。小刻みに揺らされて、少しずつ力が抜けてくるのが自分でも分かった。言われた通りに深呼吸をすると、息を吐くのに合わせるようにして、腕がゆっくりと持ち上げられた。


「少し動かしますから、そのまま力抜いててくださいね」


言いつけを守るように、力が入ってしまわないよう意識した。そこから、拓斗君は真剣な面持ちのまま、私の腕を上にあげたり、横に広げたり、私にはよく分からない向きに回旋させたりと、色々な方向に動かしていた。時々腕を降ろされたかと思うと、拓斗君は本をパラパラと捲ったりと、話しかけられる雰囲気ではなかったから、そんな様子も黙って眺めていた。


それにしても、拓斗君の顔が近くてすぎて、変に意識してしまう。彼にとっては当たり前の距離感かもしれないけれど、慣れない私にとっては気になってしまう。腕を持ち上げるときなんて、直視できないほどに接近する。


顔が赤くなっていないかとか、緊張が表に出ていないかとか、そればかりが気になって、ソワソワとしてしまう。この慣れない状態から、早く開放されたいと心から思った。だって、心臓に悪すぎるから。





「もう一度、最初みたいに両腕をあげてください」


10分以上が経過しただろうかという頃に、久しぶりに拓斗君が喋った。私は無言のまま頷き、言われるままにとりあえず腕を持ち上げる。


「……あれ?さっきより軽く感じる」


さっきと同じ動作のはずなのに、違和感を感じていた。たった10分そこら前のときよりも、腕がスーッと挙っていくのを自分で感じた。


「俺もビックリでした。麻里さんの肩がこんなに制限……えーっと、動きが固いとは思いませんでした。練習台にはもってこいですけどね」


「すごいね。自分で固いなんて感じたことなかったけど、違いは分かるよ」


「まー、固いと言っても日常生活には全く問題ない程度ですけどね」


説明をしてくれながらも、彼は動きを止めない。サイドテーブルの置いていた本を、パタっと音をさせて閉じると、落ちないようにか奥へと押しやった。きっともう終わりなんだろう。
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