【完】そろり、そろり、恋、そろり
「……きゃっ」
立ち上がった彼を見て、私もベッドから身体を起こした。いや、起こそうとしたという言葉のほうが、今の私の状態に相応しいかもしれない。拓斗君によって阻止されてしまったから。
起き上がろうとした身体は、肩を押えられ、再びベッドへと身体を沈めることになった。私の視界に入るのは、私をじっと見つめる拓斗君だけ。
「ダメですよ」
「え?」
彼の行動と発言に戸惑いを隠せなかった。射抜く様な視線から、目を逸らす事が出来ない。
「簡単に男のベッドにあがっちゃ、ダメだよ」
いつもとは違う口調でそう言いながら拓斗君は、妖しげに口角を上げた。その表情に身体を電気が走りぬけるような感覚を覚え、ぞくりとした。年下の可愛い男の子だと思っていた目の前の人物が、急に大人の男に見えた。
「もっと警戒しなきゃ。それとも俺をそういう対象として見れなかった?」
いつもの礼儀正しい敬語はどこへいったのやら。紳士的な彼はどこにも見当たらない。
「……だって、」
拓斗君だって、そんな素振り今の今まで見せなかったじゃない。そう言おうとした私の唇は、彼によって塞がれて言葉ごと飲み込まれてしまった。
いつもは触れるような優しいキスばかりだったのに、今日は初めから深い口付け。明らかにいつもと違う雰囲気に、戸惑いを覚えたが、それよりも身体の熱が内側からどんどんと上がっていくのを感じた。
申し訳程度に抵抗していたけれど、いつの間にか身体の力が抜けてしまっていた。彼のキスに夢中になり、骨抜きの状態だ。