【完】そろり、そろり、恋、そろり

お祝いの日 side:M

仕事を終えて、久しぶりな気がする我が家に帰宅。この時間に帰るときは、拓斗君のところに行くのが最近では当たり前になっていた。


けれど、今日は隣の家にはまだ誰もいない。久しぶりの1人寝か、なんだか寂しいな。


本音を言うと拓斗君が飲み会に行ったりするのは嫌。だからといって引き止めたりしてはいないことはちゃんと分かってる。だから今朝は物分りがいい彼女のふりをして、黒い感情を押し込めて、送り出した。


彼を疑っているわけではないけれど、不安なんだ。彼の周りの人たちを知らないから、恐いんだ。


ため息を吐きながら、玄関のドアノブに手を掛けてゆっくりと回した。ゆっくりと扉を開き、中に入ってすぐに明りをつけた。




「ちょっと大山さん、しっかり歩いてくださいよ」


扉が閉まる瞬間に、外から女性の声がした。“大山”という名前に反応し、まさかと眉を顰めた。


確かめようと荷物を家の中に投げ入れて、一度閉まった扉を慌てて開いた。


扉を開いた先に居たのは、背の高い女性に肩を借りながら、フラフラと歩く拓斗君だった。相当に飲んだのがよく分かる足取りだった。


じっと見つめていると、女性と目が合った。拓斗君の隣の女性は私の存在に気づくと、一気に表情を明るくした。


「もしかして、大山さんの彼女さんですか?」


「……えー、まあそうですけど」


私の答えに、彼女は良かったと小さく呟いた。


「私、職場の後輩の山下と言います。大山さん飲み過ぎちゃったみたいで……この後お願いしてもいいですか?」


「ごめんなさい迷惑かけちゃってるみたいで。あとは大丈夫、私が変わりますから」


彼女の存在に不信感と不安を覚えるも、大人の対応を心がけて、感情は表へと出さなかった。


私を一目見ただけで彼女だと分かったという事は、拓斗君が私の事を話すくらいに仲は良いんだろうって容易に想像が出来た。


そんな、仲が良さそうな姿に少しだけ嫉妬した。2人の関係を疑っているわけではない。心を許せる異性の同僚がいるという事に対して、不安が募るんだ。


そんな私の気持ちは他所に「お願いします」と私に拓斗君を託して、ぱっと踵を返して去って行ってしまった。
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