【完】そろり、そろり、恋、そろり

狭い世の中 side:T

――プー、プー、プー

耳元に当てていた電話からは、もう麻里さんの声は聞こえなくて、無機質な音だけが聞こえてくる。


「切られた……ていうか、友達って男?」


もう何が何だか分からない。


昨日は飲みすぎてしまったらしく、途中から記憶がない。そのうえ目覚めたら家主のいない部屋に1人きり。どんなに思い出そうとしても、どういう経緯で麻里さんの家に来たのか、思い出せない。


麻里さんに迷惑を掛けてしまったんだよな。彼女が残していたメモは、淡々としているというか温かみがないものだった。


もしかして、麻里さん怒っている?こんな俺に幻滅している?1人きりの部屋で不安ばかりが圧し掛かってきていた。


連絡しようかどうしようか悩んでいたときに、麻里さんから電話がきて、彼女の声はいつも通りだったから、思い過ごしだったかもしれないと安堵したところで、彼女を呼ぶ男の声。


彼女は結婚披露宴にいったはずでは?友達というからてっきり女性だと思って納得したというのに。もしかしたら、友達は友達でも“男”友達だったのかもしれない。迎えが、という声だったから2人きりということはないだろうけど、不安なことに変わりはない。


……今更行かないでなんて女々しいことは言えない。嫌われるかもしれないと思うと、躊躇いが生まれて、彼女にもう一度連絡する勇気がない。本当に俺って、ここ!というところで、情けない。





――RuRuRuRuRu


どうしようかと悩んでいるところで、再び電話が鳴りはじめた。麻里さんかもしれないと、慌てて画面に表示される名前を確認して、がっくりと肩を落とした。


「なんだ山下さんか……もしもし?お疲れです」


そうだ、ちょうどいいタイミングだし、山下さんに相談でもしてみよう。

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