飴と道楽短編集
 懐かしい思い出。 鉄平は今何処で何をしているのだろうか。
 どこぞの商事に入ってきりきり家族を養っている姿を想像し、翔太はほくそ笑んだ。


 折角だ、こいつを回してみようと翔太は思い立ち縄を探す。
 調度道の傍らに毛羽立った貧相な色をした縄が落ちていた。 それをいそいそと拾い上げ、独楽を裏返して固く縄を掛けていく。

 独楽は翔太の大人の手には少し小さい。 子供の頃は手に余る程の大きさだったのだが。


 翔太はきつく巻いた縄の端を指の間に持ち、勢い良く振り被った。


 曇天の下にしゅるしゅると小さく響く音。

 あの子供時代から時が経っていても、翔太は独楽が回る姿を見詰めているとつい応援したくなった。
「回れ、回れ――」


 小さく口を衝いたそれは誰が聞く事も無かったが、その時遥か上空の曇天から、ゆっくりと静かに雪は舞い降りていた。






 建て付けの悪い引き戸を開けると、湯でも沸かしているのか暖かな温度が翔太を迎えた。
 間もなく廊下の奥から家政婦の宮田が顔を出す。

「あっ先生、もう担当さんが見えてますよ、一体何処で寄り道なさってたんですか」

 翔太はかじかんだ足先に手古搨りながら下駄を脱ぎ、曖昧に笑った。


「独楽で遊んでいたんだ――」





          【了】


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