だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
「まだ、何も。家を解約するのは三月末なので、それまでには」
そう、と小さく言った水鳥さんの顔は、まだ心配そうな笑みを浮かべたままだった。
私は慌てて置いたカップを持ち上げて、今度はゆっくりと紅茶を啜る。
温かい飲み物の温度が身体を巡るごとに、気持ちが落ち着いていくのがわかった。
「迷ってるの?櫻井君と一緒に暮らすこと」
「いいえ」
考えるよりも先に、口から言葉が突いて出た。
こんなにも迷いなく言えるなんて、思いもしなかった。
「じゃあ、やっぱりお母さんのこと?」
目線をパソコンの画面に移動させて、無言のまま頷いた。
目に見えているのは画面のはずなのに、何を見ているのかわからなかった。
「・・・言いづらくて。というより、なんて伝えればいいのか・・・」
「そうね。簡単では、ないわね」
私が口ごもるのを見て、水鳥さんはにっこり笑っていた。
もう何も聞かないわよ、と言っているのがわかる顔で。
その顔に少しだけ笑って応えた。
いつまでもプライベートのことで考え込んでいる程、今は暇ではない。
頭を仕事に切り替えて目の前のパソコンに向かうことにした。