だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
私は逃げていた。
湊の『死』という現実から。
認めてしまえば、自分が保てなくなるのを知っていたから。
だって、耐えられる訳がない。
気付けばそこにいてくれた大切な人がいなくなったこと。
それをすぐに認められる人がいるなら教えて欲しい。
朝起きて『おはよう』と言う。
家を出る時『行ってきます』と言う。
帰って来て『ただいま』と言う。
一緒に『いただきます』と言ってご飯を食べる。
寝る前に『おやすみ』と言ってキスをする。
綺麗な景色を見つけて報告する。
辛い時に、素直に泣ける。
『好きだ』と伝えられる。
そんな当たり前の日常が、十六年間ずっと其処にあったもの。
私の一部となっていた大切なもの。
その姿を目に映したいのよ。
触って欲しい。
笑ってほしいの。
名前を呼んで欲しい、だけなんだよ。
何も特別なことなんて望んでなかった。
本当に普通のことでいいんだよ。
生きて、傍にいてくれさえすれば。
口に出してしまえば、湊がいなくなったことがどんどん私を追い詰める。
認めなくてはいけないのに、認められない。
こんなことじゃ駄目だとわかっていたけれど、無理だった。
やめて。
心が千切れる。
『死んだ』なんて言わないで、と。
そんな痛みを残したまま、この街を出たのだ。
そして、帰ってきた。
痛みは痛みのまま。
それでも、帰ってきたのだ。