だから私は雨の日が好き。【冬の章】※加筆修正版
「入ろうか」
この街は寒い。
このままでは私達は凍えてしまいそうだった。
私が力なく発したその言葉は、雪に吸い込まれて消えそうなほど小さな声になってしまった。
不安が滲む声。
やっぱり少し。
いや、大分。
怖いことを自覚した。
「そうだな。見てみたかったんだ、時雨と湊が育った場所を」
そう言って圭都は、そっと右手を掴んでくれる。
その温度に不安が薄れていった。
「見てほしいよ。湊が此処にいたことを」
自然とそんな風に答えた。
圭都は嬉しそうに笑ってくれた。
久しぶりに出した実家の鍵は、大学生の頃に使っていたキーケースに繋がれている。
ベージュのケースは私の手に良く馴染んでいた。
使うことはなくても、いつもそのキーケースを持っていた。
帰ろうと思うことはなくても、いつでも帰れるという事実が大切だった。
本当に寄りかかることはしないけれど、寄りかかれる場所がある、と想うこと。
そのことが、何も考えずに実家を飛び出した私の支えだった。
現実から逃げるために飛び出したけれど、想い出も詰まった場所。
私の大切な場所であることは、ずっと変わらなかった。